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winter's scarecrow

カテゴリ:そのほか( 327 )

鳥たちよ ♪


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性格が臆病なのか必ず PASMO は印字の入った表面を上にヒョイと改札を通過してきた。

もしも、裏面でピィ~となって改札が閉じたら「なぜ、裏面で」でと後悔するし、みっともない。

そんな頑な意地があっけなく幕を閉じた。

住民票を取りに行くため、ポケットには印鑑登録カードと PASMO 、ボケーとしていた。印鑑登録カードで駅の改札を通過しようとしたのか恐れていたピィ~の冷たい警告音、

「ヤバッ」とPASMO を出し慌てて裏面での通過。

カードは間違える、診察券では T-Point はポイントをもらえない。 嫌いな歯医者では鼻っから緊張しているのか、カラオケボックスの会員カード(年に2度しか行かないのに)を受付に出す。

困ったもんだ。


あるサラリーマンの悲哀のある話。

一年間の単身赴任が決まったとき、寂しくはないかと、女房がセキセイインコをプレゼントしてくれた。

なんせ旦那はたま~にオイタをするバリバリの営業マン。

セキセイインコとワンルームマンションでの二人暮らし、たかが鳥とバカにしてはいけない。
愛情だって芽生えるかもしれない。

一年間の赴任が終わり、顔色の悪いインコとお父さんはわが家への帰宅。
環境が変わったせいかインコは柳沢慎吾調だったのが高倉健さんになってしまった。

以前はカメラを向けるとすぐさま「パシッ」とシャッター音を声を出していた。

少し家族に慣れてきたインコの発する言葉は、「あ~ぁぁ」「やだやだ」「勘弁してくれ」「ゲバゲバ・・」「ごはんですよ」「シュワッチ」・・・
お父さんのしみじみッとした一年、インコもしみじみッとした一年、もっと家族に慣れてきたらどんな言葉がインコから発せられるのやら。


東京は雨が降っている。
晴れ間が恋しくなる季節に向かっている。


by w-scarecrow | 2018-05-30 20:17 | そのほか | Comments(0)

歩きスマホ軍団

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少し雨が近づいてくるのかも?と私の触覚が言っていた。

" 猫が顔を洗うと雨が降る " と聞いたことはあるが、街中のノラたちのそんな姿は見たことがない。


下北沢駅南西口という新しくできた改札から井の頭線ホームへ通じる階段、階段を登るといつもは左側が吉祥寺行き。
「ドアが閉まりま~す」の中川家とそっくりにアナウンスに導かれ飛び乗ったら反対方向の渋谷行き。
その階段だけは登って右側が吉祥寺行き。

「やっちまったぜ」と思い、次の池ノ上で降り吉祥寺行きに乗って明大前へ「やれやれ」。
京王線乗り場へ行くまでは、歩きスマホくん、スマホレディーたちの隊列が狭い階段を塞いでる。右へ抜け左に舵を取る。

追い抜こうとしたスマホ OL のトートバークにぶつかり睨まれた。

京王線のホームを速足に駆け上がると、ホーム電光掲示板は " 各駅停車 " 「やった!」と思い乗車したら特急だった。
長い長い調布までの道のり。
私の前にいた女子のスマホ画面を見ていたら、花火の画面、やがて神宮球場のヤクルト vs 横浜ベイスターズの画像だと解る。
ベイスターズがろくでもない負け方したのを知っているので、ダメ押しパンチ。



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やっとこ、わが駅に着きセブンイレブンで「93番の煙草をください」と言ったら店員のチョーさんは「はい、ジュウサンバン(未成年確認)画面をタッチしてください」
「93番だけど」「・・・・はい、こっちね」
「画面にタッチしてください」どう見ても17歳じゃないだろ!

そんなこんなでやっと、まだ馴染んでいないわが家へ。

歩きスマホ軍団の隊列をすり抜けて行くのが昔、TV でやっていたローラーゲームみたいでかなりのエネルギーを費やす。

日付が変わり平和な一日が終わる。

携帯のない時代に青春を過ごした私たちは言いたい、「若者よ、手紙を書け!」


by w-scarecrow | 2018-05-27 00:54 | そのほか | Comments(0)

芭蕉布

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幕末、勝海舟と西郷隆盛が江戸の町を火の海にするか、江戸城を無血開城するかの歴史の大一番の会談が行われた三田薩摩屋敷、いつも気になるのが西郷はコテコテの薩摩弁を喋っていたのか?
それとも薩摩屋敷付きで人形町あたりで遊び呆けた江戸弁を得意とするちゃらい藩士に特訓を受けたのか?
通訳はいたのか?

それと江戸時代の吉宗あたりまでは殿様たちは結城紬を着ていたらしい。
吉宗が財政の立て直しに自ら木綿の着物を着だしたら、武士たちは絹織を着るわけにはいかない。
そんな流れは幕末までつづいたという。

海舟の小袖はいかにも木綿(絵を見ると)、西郷はどうだったんだろう?
紬の最高峰、大島紬には " 西郷柄 " という定番がある。
あの会談は木綿 vs 大島紬だったのかな~と想像する。


ボケーとチャンネルを回して(?)いたら NHK で芭蕉布の伝統織物を紹介する番組が流れていた。

なんて美しい織物なんだろう・・。
糸芭蕉というバナナと親戚の植物 200 本から一反しか生産できないという高級品。

素朴な色合いに軽くサラリとした風合い、風車、トンボ、ツバメなどシンプルな図柄がカジュアルである。

島流しにあった西郷どんも芭蕉布を着ていたという。
今や高級品の大島紬、芭蕉布。

江戸時代の庶民はなにを着ていたかというと木綿、貧しい人々は麻。
殆どの江戸っ子たちは古着屋かレンタルの小袖を着ていたらしい。

当時流行の日本橋・越後屋で現金で新品の反物を買えるのは昭和のバブルの時代に踊った人種と同じだったのかも。

いつか写真館で大島でも芭蕉布でも着てモノクロ写真に納まりたい。


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広尾にある正庵の葛餅が無性に食べたい。

王子にある " 石鍋商店 " の久寿餅もいつか買いに行きたい。

頭の中はくずもちで埋まってきた。
                                          *芭蕉布の写真は資料画像です

by w-scarecrow | 2018-05-21 21:54 | そのほか | Comments(2)

洗濯が楽しくて

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こんな家に住みたい。 でもここは根岸の子規庵、へちまが部屋から見える風景。

さておき洗濯をして、陽を浴びた洗濯物が畳んでもほんわりと膨らんでいる。
久しぶりの洗濯の楽しさを今、ふたたび味わっています。
ボールドの CM の山田さんのような気分。

レースのカーテンもネットで注文して次の日に届いた。 送料含め¥1850
十分過ぎる品物だった。

朝は子供たちの登校、お喋りしながらの楽しさが伝わってくる。
長閑な町。その後は殆ど音がしない。

風呂は昔ながらのガスの風呂、点火レバーをカチン、カチンと回して火が点く。
困ったことに追い焚きは40分かかる、烏の行水とまではいかないが、湯に浸かるのはせいぜい3分×2。
これはもったいない、どうしたらいいもんやら・・。

まだ引っ越しをして2週間だが、顔の表情が和らいできたと感じる。
あとは野菜をいっぱい摂って、4~5kgは体重を増やしたい。

昭和の集合住宅、台所も昔風、ふと振り向くと着物で割烹着姿の母が流しの前に立っているような錯覚に陥る。



by w-scarecrow | 2018-05-18 13:31 | そのほか | Comments(0)

やっとこ・・

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低層の都営住宅が太陽をいっぱい浴びています。

「いいな都営住宅は・・」と羨まし気に眺め新しいわが家へと帰ります。

生まれからずっと渋谷区民だったのが、今や初めての世田谷区民。 世田谷区と杉並区の区境に近いところに引っ越しました。

流れる空気感がゆったりとのんびりと、心地よい町。

コンビニも腹を満たす食べ処もATM もスーパーもだいたいのものが駅前に揃っています。

だだ、駅に着いたらどこの飲み屋に寄っていいのやら、馴染みの店ができればいいのですがトコトコと部屋に帰る優等生になっています。


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世の中で一番嫌いなこと、引っ越しと結婚披露宴と歯医者。

もう,嫌だ。

初めて実家から離れ移り住んだところは松田優作の " 探偵物語 " に出てきそうな古く錆びれた鉄筋3階建ての部屋、2K 風呂なし。
歩いて一分のところに上原湯という銭湯があり、優雅なお風呂事情だった。
最高な20代の住み家。家賃4万2千円。

次に移ったのが陽当たりの良いハイツ。
しかし、下の階(一階)の住人たちに苦労した。 朝と晩はお経と、とんとこ木魚?やら鐘がなる。
大家さんに苦情を言ったら「なるべく小さな音でと言ってあります」『どこが小さいんじゃ、私はもうお経を暗記しているぞ』

宗教さんが引っ越したら、角刈りの自衛官か寿司屋の板前さんにしか見えない強面が移ってきた。
この目付きの鋭い角刈りの兄さんは週末になると、電話一本でやってくる若い男の子との逢瀬、「あっ、初めまして・・」の声が毎回聞こえた。
「おっさん、変な声を出すんじゃない!」と部屋を出て駅前の飲み屋へ3時間の避難。


そんな奇声や鐘の音を聞きたくないとハイツから6階建てのマンションの5階の3世帯の真ん中の部屋へ、平和な生活が10数年つづいた。
陽当たり抜群、駅から1分。行きつけの飲み屋もいっぱいできた。
昭和の終わりの鉄筋建築でもこの手のマンションは手抜き工事が多かったらしい。
私の部屋の左隣の音は殆ど聞こえないが、右隣は結構聞こえてしまう。

平和な日々を打ち壊す輩が右隣に入居。また鐘や訳の解らない音が聞こえてきた新興宗教くんだった。
夜中も早朝も彼らの道場の中にいるようだった。
3ヵ月間、精神的におかしくなって苦渋の引っ越し。「うるせえ!」と怒鳴りつけたが宗教くんは「えっ、僕なにもしてませんよ」

それから4年間、北向きの周りの音など全く聞こえてこないオートロックのマンションへ。
ホッとしたが冬の寒さと閉塞感で、性格が徐々に徐々に暗~く、躰の節々も痛くなってきた。「これじゃ、いかん!」


昭和40年代まではまだ畑が広がっていた長閑な町の新しい部屋へと希望に満ちてやってきた?
1階、燦燦と陽が差し込んでいる。
ただ、5m先はマンションの裏口となっていて通勤時間には住人たちがここを通り出勤していく。

初めての1階住まい。カーテンを開けて部屋の中でパンツ一丁ではいられない。
まあそれも良し。
ただ、太陽が差し込むだけで嬉しい。

長くなってしまいました。
ネットが繋がり、スーパーに食料の買い出しに、やっと自炊ができるようにようになりました。
普通の生活が始まったような気がします。


by w-scarecrow | 2018-05-14 20:16 | そのほか | Comments(4)

世界一の運送屋さん

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おそらく世界一仕事ができて、とびっきり感じのいい運送会社の O社長がやっと引っ越し用の段ボール30箱を届けてくれた。
20:50到着。
明日一日で荷作り、結構断捨離をしてきたのに、NHKのどーもくんの貯金箱が捨てられなかったり、頭を押すと口からチョコボールが出てくるあの口の尖った鳥のキョロの置き物も捨てられない。

Oさんは40代のイケメン。前回の引っ越しのときもお世話になった古くからの町の運送屋さんの何代目か。

連休中も朝から夜まで働きづくめ、私の一件が終わったら身体が疲れ切っているので無理やり休みにすると言っていた。


行きつけの駅前の飲み屋さん、なにか困ったことがあれば男女関係のもつれ以外はすぐに解決してくれる。
運送屋さんもK中学の後輩をすぐに紹介してくれた。

常連客のA医師も呑みながら、躰の不調を訊ねればしっかりと聞き的確なアドバイスをしてくれる。
色々な職業の達人たちが集う場所、何かがあればすぐに解決策を出してくれる。
そんな付き合いは二十年近くつづいている。

私が25歳の時から住んでいる町、写真屋さんも電気屋さんもPTA会長もママさんバレーの面々もすれ違うとちゃんと声をかけてくれる。

今度は電車に乗ってこの町に来ることになる、終電の時間を気にしながらの酒も節酒になるんでいいかもしれない。

ブログはヤフーの回線がまた繋がるまでお休みになってしまいます。

次は新しい住みかの穏やかな町の情景をUpします。

松坂大輔、12年ぶりの日本での勝利、おめでとう!やったね!


by w-scarecrow | 2018-04-30 22:41 | そのほか | Comments(2)

長閑な 燦燦とした町



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こんな下町の長屋風景。

今や多くの人が憧れる、逆にオシャレな町並み。

私もこんな昭和の下町の世界へと思っていた。 

下町の町屋のおばさんたちの、お節介までのやさしさ、そんな町へと。 それは叶わなかったが、


小学生のときに長嶋茂雄邸を何人かで電車に乗り見にいった。
本当キレイな芝生の庭のある長嶋邸を・・。

東京五輪ではアベベが走った甲州街道、折り返し地点近くでは茅葺の農家が点々と、そんな風景を市川昆監督の記録映画で観た。


近くには蘆花邸、昔の長嶋邸、初めて住むゆったりとした穏やかな町。

陽の燦燦と当たる昭和時代の洒落た住宅、南向きの窓々には住人たちの洗濯物がこれでもか!と風になびいてる。

そんな昭和な部屋に引っ越しをする予定です。

まだ長閑な世田谷の外れの町・・また新しい馴染みの飲み屋を見つけなければ。



by w-scarecrow | 2018-04-28 02:11 | そのほか | Comments(0)

さらば東京 一時の夢

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渋谷、銀座線が再開発の街の中、いつもの線路で往ったり来たり。

ヒカリエから観る風景は、焦る心をふ~と落ち着かせてくれる。


引っ越しの物件はまだ見つからずネットで隈なく探るが四角四面の物件ばかり、
そんな北向きの部屋に4年を過ごし、求めるものはただ陽の光。

焼酎を呑みながら気分は瀬戸内の海、穏やかな宮崎の港町。
ドラマの撮影で行った富島漁港、穏やかな港町。 人の繋がりの濃さ。気分はもう宮崎。

20代の時からずっとお世話になった映画のエグゼクティブプロデューサーのFさん、ベネチアやモスクワ映画祭で銀賞を受賞した作品を手がけてきた。

外を見たら町が動いてる、午前7時。

60代で引退し今は奥さんの故郷、宮崎県日向で悠々と暮らしている。

「wさ、こっちは東京と違って6畳ワンルーム7万円なんてあるわけない。一軒家だって4万円くらい出せば借りられる。ただオレとwは運転免許を持っていない、地方は車社会、都会で自転車で町々を動いているwみたいな奴なんてひとりもいない」

「でも、いつかは決断して穏やかな南の海を眺められる町に暮らしたいし、それが今なのかも」

「住居はある、綺麗な海もある。ただ仕事がない。俺らのやってきた映像の仕事なんてなにも役に立たない。免許があれば少しはあるけど・・」

朝、7時からのFさんと電話で想い余った私の一時の夢をサ~と払拭してくれた。


お昼前、いつも元気をくれるKくんからの元気をくれるメール。 いつもありがとう。

明後日、亡き母を見送る。

四角四面の物件探しは明日もつづく、温もりのある空間がほしい。


by w-scarecrow | 2018-04-25 22:50 | そのほか | Comments(0)

若 葉


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母が亡くなりました。

ブログで、コミカルな母を記事にさせてもらいました。 楽しい母でした。

私が子どものころ、毎日の夕食のお遣いへトコトコと、買い物籠を下げ母のゆく母の背中に追いつくのがやっとでした。

たまに買ってもらえる肉屋さんの揚げたてコロッケ、それを頬張るのが愉しみでした。兄たちには内緒で。

つい5年前まで踊りのお師匠さんを何十年もつづけていました。でもお弟子さんたちが痴ほう症になったり、足腰を患ったりで元気なのは母だけになってしまい、教室を閉じてしまいました。

父は平成元年に亡くなり、母は平成最期の年に逝ってしまいました。


ゆっくり休んでください。 粋でしたよお袋。


by w-scarecrow | 2018-04-23 19:09 | そのほか | Comments(6)

みんな野球少年だった

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横浜ベイスターズの快進撃がつづいています。

1998年の38年ぶり球団史上2度目の優勝のときと、今のチームの雰囲気がそっくりです。

小学校5年生のときから万年Bクラスにいた前身の大洋ホエールズを応援してきました。 負けるのに慣れてきってしまって・・でもいつか輝く時があるだろうとずっと夢みてきました。



ベランダにあるジャスミンの観葉植物は私のところへやってきて30年、枯れることなく今も新芽を出しています。
30年間、私のことを見ていてくれていたのかもしれません。


時が経つのが早すぎて・・。 早すぎて。
いっぱいやりたいことがあるのにできずにいます。

渋谷道玄坂の「長崎飯店」の軟麺の皿うどん、百軒店の「ムルギー」のカレー、月島「一心」のおばちゃんの作る懐かしきワンタンメンを食べに行きたい。

おっさん二人で春の陽差しのなかの撮影散歩。

九品仏の浄真寺にもふらっと行きたい。

もうすぐ再開発で閉店する高校生のときから毎日のように通っていた渋谷のジャズ喫茶「 Mary Jane 」にも顔を出さなきゃ。

たまには昔からの友たちとも酒をバーっと呑みバカ話で盛り上がりたい。

すぐできることなのにね。
時間が止まってくれないかな。

あの頃、みんな野球少年だった。一日はゆったりと長かった。

by w-scarecrow | 2018-04-17 16:17 | そのほか | Comments(0)