winter's scarecrow

消えた

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「暑い!」という言葉を吐くだけで体温が1度上がりそうだ。

日本各地で40℃ に迫る気温、長袖シャツに手袋をして額から大粒の汗を流している豪雨の被災者やボランティアの人たちに、そんな言葉を吐くのは申し訳ない。

この暑さでわが家のおしゃもじがいなくなった。
おかずを作るのが面倒で舞茸と鶏肉の炊き込みご飯にしたが、おしゃもじがいない。
仕方なくスプーンを使うことに。

2年後、この猛暑の中でオリンピックを開催することは異常だ。
いくら早朝のスタートとはいえ42.195km を人間が走ることじたい虐待だ。
TVで熱中症で倒れていくランナーを観るのは勘弁してほしい。
一大国の都合で開催が秋から夏に変更されたのを WHO(世界保健機構)に各国のスポーツ協会は提訴をしてほしい。

舞茸ご飯を食べながらTVを観ていたら、ハズ〇〇ーぺをかけると「世界が変わる」とCMで謙さんが言っていた。

世界が変わるといいな。

広尾・正庵の金魚が涼をくれる。


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# by w-scarecrow | 2018-07-17 21:23 | そのほか | Comments(0)

小さな夢




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Nさんとの出逢いが嬉しかった。 

いっぱい、いっぱいもらいました。 いつもほんとうに謙虚な友。
自分に持ってないものがありすぎて。
それが愉しみで。  

東北沢のNOさんご夫婦の飲み屋、優しい目で見守ってくれる奥さん、10数年前と較べいっぱいしの優しい奴になってしまった旦那との会話のキャッチボールの愉しみ。これが楽しくて。


今、躰が壊れてきました。 きつい。

Nさんに瀬戸内の町に行きたい、僕はそればりか言ってたよね。

いつか一緒に行きたいね

ママカリで地元の酒でグイッと。
僕らの大好きな、やんちゃなKくんもいるといいね。

そんな小さな夢が、今の私にとってはとっても大きな夢です。




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# by w-scarecrow | 2018-07-14 06:38 | Comments(0)

わが家

家が流されてゆく、
わが家の2階のベランダから幼い姉妹と祖母が取材ヘリに手を振ってる。

西日本の稀にみる水害、川が氾濫し、裏山が崩れる。
そんな映像をずっと眺めている。被災状況をチャンネルを変えながら観ている。

丘の上にあったわが家が低い土地まで降りてきている。 わが家が一瞬のうちに・・。



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初めて買ったアイドルの写真集『 手塚理美 』撮影・沢渡朔。

当時、都立赤坂高校に通っていた彼女の清楚さと笑顔が眩しかった。大好きだった。



わが家、帰るべき場所、待つ人のいるわが家。

清楚なとはいわないが笑顔が待っている。 誰かのために生きる尊さ。

生きているということ。


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# by w-scarecrow | 2018-07-09 22:18 | my back pages | Comments(0)

帯留

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ほとんど鳴ることのない家電の電話が鳴る、
「うそっ、お袋?」なんかそんな錯覚に陥る。 

数年前、「お袋さんの一番好きな帯留と帯を写真に撮らせてくれない」との写真。
 
「なんか帯は日焼けしてない・・・」
「・・・・一番好きなって言うから」
母の姉から母が二十歳になるときにプレゼントされた帯だったという。

断捨離ができなかった母、着物も泉屋のクッーキーの缶も百貨店の手提げ袋、きしっと整理して残してある。


日々、仕事先でも仲間たちと話すときでも、「wさん、ちゃんと飯食ってる」と声をかけてくれる。 感謝。

小さい頃から、大家族の中で育ち自分の心の内を誰にも話したことがない、大人になってからは人の悩みやヒストリーを聞くのは結構好き。

何十年も生きてて、自分のことはどこで話せばいいんだろう・・

部屋に帰る路すがら、いつも思う・・

七夕の空は、聞いてくれるのかな?


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# by w-scarecrow | 2018-07-07 02:07 | そのほか | Comments(0)

へそくり

          「笑わせるもんじゃない つい笑ってしまうものこれが芸」

       大好きなな柳家小三治さんの落語を聴いていると頷ける、クスッと笑ってしまう。


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通勤電車の乗客の90% 以上がスマホをいじっている。
人との繋がり作業以外はゲームをしている人が多いのかな? 情報の入手? スマホを持っていないので全く解らない。
ホームに降りても、エスカレーターに乗っても、階段を降りても車内から手に持つスマホは継続中だ。

スマホで映画を観る?
冗談じゃない。
携帯の普及で世の中は一変した。
文明の発展が文化の崩壊につながる、これを電話屋は解っていないんだろうな~。

携帯から発せられる電磁波が身体に害を及ぼすと発表していたのに、今さら ” ケイタイをなくせ!” とは言えないに決まっている。
ウコンが肝臓にいいというのはちゃんちゃら誇張で、医師の肝臓学会にも見えない圧力がかかった。
まあいいか、その気で良しとして飲んでくれれば。

スマホで映画を観る?
映画を作った人たちにはショックで腰が抜けるだろう。


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柳家小三治さんはいつも一番でなければいけないと父親に言われつづけ、ずっとエリート意識を植え付けられたときに、ふと落語と出会い、「一番下からの目線」に気づいたという。「これだ!」

一番下からの目線、大衆、それも底辺にいる人たちを描く。そこに暮らす人々のとんちんかんで一途な生き方が笑いをよぶ。



「一度でいいから見てみたい 女房がへそくり隠すとこ」
桂 歌丸さんが亡くなった。81歳。

鼻から酸素を入れるチューブを入れながらの高座をつい先日までやっていたのに。

一人でやる芸、衣装もメイクも大道具もなしで、それでもドラマや映画のような世界が描ける、演じ手と受け手の世界が近づいた時には落語家冥利であると歌丸さんは言っていた。

歌丸さん、ありがとう。
にぎり寿司を箸で食うという無粋な輩をもう一度、笑いに変えてほしかった。


ワールドカップ、ベルギー戦まであと3時間。
にわかJAPANファンには奇跡を信じて呑みつづけるか?

体重を増やさないと・・・
2年ぶり会ったゼネコンレディーからも、実の兄貴からも「外ですれ違ったらwさんかと判らない!」と言われてしまった。
食べなきゃ! かつ丼、かつカレー、Wチーズのピザ・・ 大好きなキッシュ・・。


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# by w-scarecrow | 2018-07-03 00:01 | Comments(2)

先週、夜の11時過ぎ乗り換え駅の明大前駅は人でごったがえしていた。
人身事故による不通。
甲州街道へ出て歩いて家に帰ることにした。

人の波は甲州街道にも、3.11の時の帰宅困難者の映像のように列が連なり黙々と歩いている姿。

一人の命が絶えた、どんな人なんだろう?男、女?50代?家族はいるのかな?
そのうち、蔡列のようだった人波が少しづつ散っていった。


そんな光景を感じながらサザンの ♪ 希望の轍 ♪ を口ずさみながら歩いた。 
帰ったら缶詰と芋焼酎でとりあえず一杯。

コンビニで " あけぼの鮭缶 "にが目がいく、あの小さな缶でサバ缶より全然高い。 缶には " からふとます " と書かれている。
馴染みの鮭缶。

明大前から家まで55分を歩いて帰宅。
ちょっと疲れた、台所のシンクの洗い物の食器が溜まっている。「明日でいいかっ・・・」

ラジオをつけたら ♪スピッツが流れてきた。
母が亡くなって一ヵ月目の日、蔡列を歩きながら母の画を想い浮かべたが、いつもいつもポジティブな母の姿だった。



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鮭缶も旨いが、
越後村上の鮭のしぐれ煮がご飯のお供に抜群だった。
表参道の新潟県のアンテナショップで手に入る逸品。
細切りのショウガと鮭のバランスが堪らない。
病みつきになる " バスターミナルのカレー " も手に入る。

引っ越してから2ヶ月近く、飲み屋へ行ったのは一度だけ。
嘘みたいな日々がつづく。
色んな人たちと喋らなきゃいけないのに。馴染みの人でも初めての人でも言葉の端々に私の知らない世界があるのに。
そんな発見をしたいがために酒を交わすのに・・。 これはマズイぞ。

サッカーWカップの公式球が昔懐かし白黒のパンダ柄。
再びの復権がなんか嬉しくて。
シャンシャン♪
 


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# by w-scarecrow | 2018-06-25 22:40 | そのほか | Comments(0)

父の日に


父の日、20代の可愛らしい女性と、還暦を過ぎたころの控えめにお洒落な男性。
聞こえてくる会話では娘さんが予約を取って父親を連れてきたみたいだ。
カウンター席で「穴子の天ぷら、美味しいんだから食べて・・」とお父さんをリードしている。
笑顔で接する娘さんに対してお父さんは「旨いな」と一言だけで会話が弾まない。
お父さんは娘さんの気遣いに応えようと、酒を少しだけピッチを上げて呑んでいる。

そんな父の日の光景があった。


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今は高校生の娘と中学生の息子がいるS子、旦那とは数年前に離婚し彼女が子供二人を育てている。

娘は今が反抗期、どう対処していいのやら。

S子が18歳の頃、娘と同じ反抗期。 煙草も酒も飲んでいた。 家へ帰るのは夜中や明け方、帰らない日も。


父親に対する反発よりも、母親の居ない家庭のギクシャクとした空間に耐えられなく、悪ガキたちと一緒に遊び呆けていた。

そんな時、「一度、お父さんと飲みに行かないか? 好きなもの食べて好きなだけ酒も飲んでいい、少しお洒落をしてきてくれないか」

そして、お父さんの行きつけの焼き鳥やに行き、「あれ、彼女できたんかい?」大将の言葉に喜んだ。
そしてスナックでは「お父さんとそっくりじゃない」のママの言葉に満面の笑み。

「俺の彼女だってことにしてくれ」とS子に懇願し行ったクラブではすぐ見破られ、そんな頃からS子の記憶が薄れていった。
それから、居酒屋にも連れて行かれたが記憶にない。

帰りのタクシーでお父さんに凭れかかっていたのは薄っすらと憶えている。
翌朝、起きたら頭がズキズキしていた。 父親はすでに出勤。

キッチンのテーブルに置手紙が置いてあった。

「昨日は楽しかったな、また一緒に行こうな。昨日、お前が飲んでグロッキーした酒の量は憶えているか?中生ジョッキ2杯にチュウハイ5杯、それがお前の量だぞ。誰かと飲んでもその量の手前でうちに帰って来い!」

高校生だったS子の父子家庭での父との思い出。


世の中、娘が30も過ぎるとお父さんは怒られ役になる「はい、お父さんお酒はこれでストップ!血糖値が高いんだから・・」
「お新香にお醤油をかけたらダメ!」
「トイレから出たらすぐ手を洗う」
そんな娘との逆転劇にお父さんたちはまんざらでもないのかもしれない。


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# by w-scarecrow | 2018-06-19 21:31 | そのほか | Comments(0)

あのとき

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森田童子が逝った。

高校時代にスキーツアーで知り合ったMちゃん。

その後、美術系のZ大へ進学するのだが、高校時代から僕らの知らない宇宙みたいな世界へと道を開いてくれた。
寺山修司、高橋和己、ゴダール、萩原朔太郎、夜と霧、フェルメール、東松照明・・いっぱい、彼女から教わった。

時代性なのかもしれないが高校生らしからぬ会話をしていたいたのかもしれない。
彼女のお父さんは有名なジャズサックス奏者。

まだまだちゃんと付き合っていないとき「wくん、来年になったら抱いてもいいから」と言った。
「抱いて」こんな言葉は三省堂の国語辞典にも記載されていないし、当時の十代の男子には、言葉の余韻だけで一年間ボーと待っていられる。

そんな今、想えば不思議ちゃんだが、当時の美大高生はもっと果てしなく翔んでいた時代。

「抱いてもいいから」と言われてずっと待っていたのに私の誕生日のプレゼントはカセットテープだった。

♪ さよなら ぼくともだち ♪ 森田童子


このカセットテープはいまだ机の引き出しに残っている。







当時のアングラ的な時代風景がいっぱい詰まっていた。

そんな歌詞に今、ゾクッとくる。

そんな時代があった。 あと何年、待てばいいんだろうか?

 

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# by w-scarecrow | 2018-06-17 03:26 | my back pages | Comments(0)

たかが・・

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六月の雨の中、こんな素敵なドアを見ると思わず開けてしまいたくなる。 エッチな店ではなく美容院。


この何週間か普段観ないワイドショーもリモコンではしごをしながら見てしまう、ネットでは関連記事を読みつくしてしまった。

テレビドラマを全く観ない私に、「なんだ!この筋書きのあるドラマは・・」と展開が見事に読めてしまう。

日大アメフト部とマンモス大学・日本大学の顛末?

日大の学長も内田監督、井上コーチも、そのお詫び?記者会見を取り仕切った司会者の米倉氏も登場人物が誰がキャスティングをしたのか、これ以上ないキャラクターを持った面々にドラマ以上のものを感じた。
それにまだ出ぬ理事長を加えれば " 水戸黄門 " の悪代官とやり放題の手下、いつか越後屋も暴かれるであろう・・そんな昭和な江戸な?図式。



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大学の体育会系は就職に有利だとは誰もが知ること、上下関係ををわきまえ厳しい練習にも耐えサラリーマンとして必要な要素をすべて持ち合わせている。
裏返せば最悪な労働環境でも、こんなことおかしいとか、ひどすぎるとか文句を言わずに黙々と耐えて結果を出す優れた戦士たち、歓迎されるのは当然です。

プロ野球でも、セ・パの2リーグ制を1リーグ制にするというバカげたプロ野球再編問題の際、読売新聞主筆の渡辺恒雄氏(ネベツネ)が選手会長であったヤクルトの古田敦也選手の発言に向けて「たかが選手・・」と言ったことを思い出す。

想像のできない圧力の中、関学の選手に違反タックルをした宮川くんがたった一人で、多くのカメラの渦にも堂々と事実と反省の言葉だけを述べた。
「監督やコーチの指示があっても自分で正常な判断をすべきだった」彼の姿は痛々しくも清々しかった。
好きだったアメフトの精神を愚弄してしまった一選手の決断。

それにひきかえ当事者のオッサンたちは・・悲しいのなんの。監督は心労で日大病院に入院。理事長は阿佐ヶ谷のパチンコ屋の後は雲隠れ。

地に落ちた日大のイメージをわずかに救っているのは「たかが選手」の宮川くんなのかもしれない。

体育会系の理事たちやお偉いさんたち、体育会の選手をナメるな!昭和は終わったんだ。

まだ長々と書きつづけそうなので、ここで晩飯にします。 豚肉にゴボウとアスパラ巻き、たまにゴボウが食べたくて・・茹であがったゴボウが冷めたので、あとは巻くだけです。


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# by w-scarecrow | 2018-06-11 22:13 | そのほか | Comments(2)

山のお茶


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山間部の煎茶の新茶が店頭に並ぶ時期になった。

濃い黄緑色の深蒸しのお茶ではなく、黄色味がかった浅蒸しの煎茶。
胃腸にやさしく、初摘みのダージリンの紅茶を飲んでいるよう。

朝、録画した " ブラタモリ " を観ながら頭のスイッチを入れる。

" ブラタモリ " が始まって10年が経つ。 初期の頃は NHK の久保田アナと東京(江戸)の町散策が多く、今よりは地質学の云々は多くなかった。

静岡出身の久保田アナのお喋りが多く、タモリはちょいと引き気味だった。

数日前にKくんからのメール「wさんの好きな桑子ちゃん、離婚しましたね ♡」
桑子アナはフジテレビのアナウンサーの夫と自身の誕生日に離婚届を出したらしい。

桑子アナはかつての NHK アナの目加田さんと被る、NHK っぽくないのだ。 稲村ケ崎辺りのサーフショップの気さくな店員に映って見えてしまう。
吉野屋の牛丼に紅ショウガをドサッと入れてカウンターで一人食べていそう。

次の近江アナは高知生まれ。
三軒茶屋で小中高校と過ごしている。 天然さがなかなか素敵だった。
見た感じは愛知県半田の創業何百年のみりん製造の若女将に映る。 IT企業の社長夫人は似合わない。

そして今回は林田アナ、長崎生まれ。
どう見ても昭和20年代の古き懐かしき香りがする。 当時の松竹映画にありそうな鎌倉辺りのピアノの音が聞こえるお屋敷のお嬢さんの風情。
パパでもお父さんでもなく、「お父さま」と言ってそう。

" ブラタモリ " 、地質学の興味をあまり持っていなかった私に少しばかり目を醒ましてくれた。 愉しい。
ただ、タモリは収録前にあまり予習をしてほしくない。少しばかり素でいってくれた方が新鮮だ。

ブラタモリのアシスタントの NHK 女子アナたちは海の見える環境で育った人たち、すくすくとした感じが素敵だ。

私も町の段差を見ながら散歩したい。 
この一週間で駅の昇りの階段で二度つまづいた。ヤバッ。



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# by w-scarecrow | 2018-06-04 23:16 | そのほか | Comments(0)

鳥たちよ ♪


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性格が臆病なのか必ず PASMO は印字の入った表面を上にヒョイと改札を通過してきた。

もしも、裏面でピィ~となって改札が閉じたら「なぜ、裏面で」でと後悔するし、みっともない。

そんな頑な意地があっけなく幕を閉じた。

住民票を取りに行くため、ポケットには印鑑登録カードと PASMO 、ボケーとしていた。印鑑登録カードで駅の改札を通過しようとしたのか恐れていたピィ~の冷たい警告音、

「ヤバッ」とPASMO を出し慌てて裏面での通過。

カードは間違える、診察券では T-Point はポイントをもらえない。 嫌いな歯医者では鼻っから緊張しているのか、カラオケボックスの会員カード(年に2度しか行かないのに)を受付に出す。

困ったもんだ。


あるサラリーマンの悲哀のある話。

一年間の単身赴任が決まったとき、寂しくはないかと、女房がセキセイインコをプレゼントしてくれた。

なんせ旦那はたま~にオイタをするバリバリの営業マン。

セキセイインコとワンルームマンションでの二人暮らし、たかが鳥とバカにしてはいけない。
愛情だって芽生えるかもしれない。

一年間の赴任が終わり、顔色の悪いインコとお父さんはわが家への帰宅。
環境が変わったせいかインコは柳沢慎吾調だったのが高倉健さんになってしまった。

以前はカメラを向けるとすぐさま「パシッ」とシャッター音を声を出していた。

少し家族に慣れてきたインコの発する言葉は、「あ~ぁぁ」「やだやだ」「勘弁してくれ」「ゲバゲバ・・」「ごはんですよ」「シュワッチ」・・・
お父さんのしみじみッとした一年、インコもしみじみッとした一年、もっと家族に慣れてきたらどんな言葉がインコから発せられるのやら。


東京は雨が降っている。
晴れ間が恋しくなる季節に向かっている。


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# by w-scarecrow | 2018-05-30 20:17 | そのほか | Comments(0)

歩きスマホ軍団

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少し雨が近づいてくるのかも?と私の触覚が言っていた。

" 猫が顔を洗うと雨が降る " と聞いたことはあるが、街中のノラたちのそんな姿は見たことがない。


下北沢駅南西口という新しくできた改札から井の頭線ホームへ通じる階段、階段を登るといつもは左側が吉祥寺行き。
「ドアが閉まりま~す」の中川家とそっくりにアナウンスに導かれ飛び乗ったら反対方向の渋谷行き。
その階段だけは登って右側が吉祥寺行き。

「やっちまったぜ」と思い、次の池ノ上で降り吉祥寺行きに乗って明大前へ「やれやれ」。
京王線乗り場へ行くまでは、歩きスマホくん、スマホレディーたちの隊列が狭い階段を塞いでる。右へ抜け左に舵を取る。

追い抜こうとしたスマホ OL のトートバークにぶつかり睨まれた。

京王線のホームを速足に駆け上がると、ホーム電光掲示板は " 各駅停車 " 「やった!」と思い乗車したら特急だった。
長い長い調布までの道のり。
私の前にいた女子のスマホ画面を見ていたら、花火の画面、やがて神宮球場のヤクルト vs 横浜ベイスターズの画像だと解る。
ベイスターズがろくでもない負け方したのを知っているので、ダメ押しパンチ。



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やっとこ、わが駅に着きセブンイレブンで「93番の煙草をください」と言ったら店員のチョーさんは「はい、ジュウサンバン(未成年確認)画面をタッチしてください」
「93番だけど」「・・・・はい、こっちね」
「画面にタッチしてください」どう見ても17歳じゃないだろ!

そんなこんなでやっと、まだ馴染んでいないわが家へ。

歩きスマホ軍団の隊列をすり抜けて行くのが昔、TV でやっていたローラーゲームみたいでかなりのエネルギーを費やす。

日付が変わり平和な一日が終わる。

携帯のない時代に青春を過ごした私たちは言いたい、「若者よ、手紙を書け!」


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# by w-scarecrow | 2018-05-27 00:54 | そのほか | Comments(0)

芭蕉布

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幕末、勝海舟と西郷隆盛が江戸の町を火の海にするか、江戸城を無血開城するかの歴史の大一番の会談が行われた三田薩摩屋敷、いつも気になるのが西郷はコテコテの薩摩弁を喋っていたのか?
それとも薩摩屋敷付きで人形町あたりで遊び呆けた江戸弁を得意とするちゃらい藩士に特訓を受けたのか?
通訳はいたのか?

それと江戸時代の吉宗あたりまでは殿様たちは結城紬を着ていたらしい。
吉宗が財政の立て直しに自ら木綿の着物を着だしたら、武士たちは絹織を着るわけにはいかない。
そんな流れは幕末までつづいたという。

海舟の小袖はいかにも木綿(絵を見ると)、西郷はどうだったんだろう?
紬の最高峰、大島紬には " 西郷柄 " という定番がある。
あの会談は木綿 vs 大島紬だったのかな~と想像する。


ボケーとチャンネルを回して(?)いたら NHK で芭蕉布の伝統織物を紹介する番組が流れていた。

なんて美しい織物なんだろう・・。
糸芭蕉というバナナと親戚の植物 200 本から一反しか生産できないという高級品。

素朴な色合いに軽くサラリとした風合い、風車、トンボ、ツバメなどシンプルな図柄がカジュアルである。

島流しにあった西郷どんも芭蕉布を着ていたという。
今や高級品の大島紬、芭蕉布。

江戸時代の庶民はなにを着ていたかというと木綿、貧しい人々は麻。
殆どの江戸っ子たちは古着屋かレンタルの小袖を着ていたらしい。

当時流行の日本橋・越後屋で現金で新品の反物を買えるのは昭和のバブルの時代に踊った人種と同じだったのかも。

いつか写真館で大島でも芭蕉布でも着てモノクロ写真に納まりたい。


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広尾にある正庵の葛餅が無性に食べたい。

王子にある " 石鍋商店 " の久寿餅もいつか買いに行きたい。

頭の中はくずもちで埋まってきた。
                                          *芭蕉布の写真は資料画像です

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# by w-scarecrow | 2018-05-21 21:54 | そのほか | Comments(2)

洗濯が楽しくて

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こんな家に住みたい。 でもここは根岸の子規庵、へちまが部屋から見える風景。

さておき洗濯をして、陽を浴びた洗濯物が畳んでもほんわりと膨らんでいる。
久しぶりの洗濯の楽しさを今、ふたたび味わっています。
ボールドの CM の山田さんのような気分。

レースのカーテンもネットで注文して次の日に届いた。 送料含め¥1850
十分過ぎる品物だった。

朝は子供たちの登校、お喋りしながらの楽しさが伝わってくる。
長閑な町。その後は殆ど音がしない。

風呂は昔ながらのガスの風呂、点火レバーをカチン、カチンと回して火が点く。
困ったことに追い焚きは40分かかる、烏の行水とまではいかないが、湯に浸かるのはせいぜい3分×2。
これはもったいない、どうしたらいいもんやら・・。

まだ引っ越しをして2週間だが、顔の表情が和らいできたと感じる。
あとは野菜をいっぱい摂って、4~5kgは体重を増やしたい。

昭和の集合住宅、台所も昔風、ふと振り向くと着物で割烹着姿の母が流しの前に立っているような錯覚に陥る。



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# by w-scarecrow | 2018-05-18 13:31 | そのほか | Comments(0)

やっとこ・・

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低層の都営住宅が太陽をいっぱい浴びています。

「いいな都営住宅は・・」と羨まし気に眺め新しいわが家へと帰ります。

生まれからずっと渋谷区民だったのが、今や初めての世田谷区民。 世田谷区と杉並区の区境に近いところに引っ越しました。

流れる空気感がゆったりとのんびりと、心地よい町。

コンビニも腹を満たす食べ処もATM もスーパーもだいたいのものが駅前に揃っています。

だだ、駅に着いたらどこの飲み屋に寄っていいのやら、馴染みの店ができればいいのですがトコトコと部屋に帰る優等生になっています。


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世の中で一番嫌いなこと、引っ越しと結婚披露宴と歯医者。

もう,嫌だ。

初めて実家から離れ移り住んだところは松田優作の " 探偵物語 " に出てきそうな古く錆びれた鉄筋3階建ての部屋、2K 風呂なし。
歩いて一分のところに上原湯という銭湯があり、優雅なお風呂事情だった。
最高な20代の住み家。家賃4万2千円。

次に移ったのが陽当たりの良いハイツ。
しかし、下の階(一階)の住人たちに苦労した。 朝と晩はお経と、とんとこ木魚?やら鐘がなる。
大家さんに苦情を言ったら「なるべく小さな音でと言ってあります」『どこが小さいんじゃ、私はもうお経を暗記しているぞ』

宗教さんが引っ越したら、角刈りの自衛官か寿司屋の板前さんにしか見えない強面が移ってきた。
この目付きの鋭い角刈りの兄さんは週末になると、電話一本でやってくる若い男の子との逢瀬、「あっ、初めまして・・」の声が毎回聞こえた。
「おっさん、変な声を出すんじゃない!」と部屋を出て駅前の飲み屋へ3時間の避難。


そんな奇声や鐘の音を聞きたくないとハイツから6階建てのマンションの5階の3世帯の真ん中の部屋へ、平和な生活が10数年つづいた。
陽当たり抜群、駅から1分。行きつけの飲み屋もいっぱいできた。
昭和の終わりの鉄筋建築でもこの手のマンションは手抜き工事が多かったらしい。
私の部屋の左隣の音は殆ど聞こえないが、右隣は結構聞こえてしまう。

平和な日々を打ち壊す輩が右隣に入居。また鐘や訳の解らない音が聞こえてきた新興宗教くんだった。
夜中も早朝も彼らの道場の中にいるようだった。
3ヵ月間、精神的におかしくなって苦渋の引っ越し。「うるせえ!」と怒鳴りつけたが宗教くんは「えっ、僕なにもしてませんよ」

それから4年間、北向きの周りの音など全く聞こえてこないオートロックのマンションへ。
ホッとしたが冬の寒さと閉塞感で、性格が徐々に徐々に暗~く、躰の節々も痛くなってきた。「これじゃ、いかん!」


昭和40年代まではまだ畑が広がっていた長閑な町の新しい部屋へと希望に満ちてやってきた?
1階、燦燦と陽が差し込んでいる。
ただ、5m先はマンションの裏口となっていて通勤時間には住人たちがここを通り出勤していく。

初めての1階住まい。カーテンを開けて部屋の中でパンツ一丁ではいられない。
まあそれも良し。
ただ、太陽が差し込むだけで嬉しい。

長くなってしまいました。
ネットが繋がり、スーパーに食料の買い出しに、やっと自炊ができるようにようになりました。
普通の生活が始まったような気がします。


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# by w-scarecrow | 2018-05-14 20:16 | そのほか | Comments(4)

世界一の運送屋さん

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おそらく世界一仕事ができて、とびっきり感じのいい運送会社の O社長がやっと引っ越し用の段ボール30箱を届けてくれた。
20:50到着。
明日一日で荷作り、結構断捨離をしてきたのに、NHKのどーもくんの貯金箱が捨てられなかったり、頭を押すと口からチョコボールが出てくるあの口の尖った鳥のキョロの置き物も捨てられない。

Oさんは40代のイケメン。前回の引っ越しのときもお世話になった古くからの町の運送屋さんの何代目か。

連休中も朝から夜まで働きづくめ、私の一件が終わったら身体が疲れ切っているので無理やり休みにすると言っていた。


行きつけの駅前の飲み屋さん、なにか困ったことがあれば男女関係のもつれ以外はすぐに解決してくれる。
運送屋さんもK中学の後輩をすぐに紹介してくれた。

常連客のA医師も呑みながら、躰の不調を訊ねればしっかりと聞き的確なアドバイスをしてくれる。
色々な職業の達人たちが集う場所、何かがあればすぐに解決策を出してくれる。
そんな付き合いは二十年近くつづいている。

私が25歳の時から住んでいる町、写真屋さんも電気屋さんもPTA会長もママさんバレーの面々もすれ違うとちゃんと声をかけてくれる。

今度は電車に乗ってこの町に来ることになる、終電の時間を気にしながらの酒も節酒になるんでいいかもしれない。

ブログはヤフーの回線がまた繋がるまでお休みになってしまいます。

次は新しい住みかの穏やかな町の情景をUpします。

松坂大輔、12年ぶりの日本での勝利、おめでとう!やったね!


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# by w-scarecrow | 2018-04-30 22:41 | そのほか | Comments(2)

長閑な 燦燦とした町



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こんな下町の長屋風景。

今や多くの人が憧れる、逆にオシャレな町並み。

私もこんな昭和の下町の世界へと思っていた。 

下町の町屋のおばさんたちの、お節介までのやさしさ、そんな町へと。 それは叶わなかったが、


小学生のときに長嶋茂雄邸を何人かで電車に乗り見にいった。
本当キレイな芝生の庭のある長嶋邸を・・。

東京五輪ではアベベが走った甲州街道、折り返し地点近くでは茅葺の農家が点々と、そんな風景を市川昆監督の記録映画で観た。


近くには蘆花邸、昔の長嶋邸、初めて住むゆったりとした穏やかな町。

陽の燦燦と当たる昭和時代の洒落た住宅、南向きの窓々には住人たちの洗濯物がこれでもか!と風になびいてる。

そんな昭和な部屋に引っ越しをする予定です。

まだ長閑な世田谷の外れの町・・また新しい馴染みの飲み屋を見つけなければ。



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# by w-scarecrow | 2018-04-28 02:11 | そのほか | Comments(0)