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winter's scarecrow

2012年 10月 02日 ( 1 )

天使たち

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港区四の橋付近、園児たちはまだ夏のいでたち、古川(渋谷川)を覗き込んでいる。 何か見っけたかな・・。

20代から30代が終わるまでイタリアに在住していた随筆家・イタリア文学者の須賀敦子さん、旅から帰ってきた須賀さんがポストに溜まったたくさんの郵便物を解いたとき、その中の一冊の本に目を惹かれ、そのまま床に座り込んで読み始めたのは山崎佳代子さんの詩集『 鳥のために 』だったという。

旧ユーゴスラビアのベオグラード大学で教鞭をとり、一家4人でベオグラードで暮らしていた山崎佳代子さん。
『 鳥のために 』 と同じく NATO 軍に空爆されたベオグラード、悲劇的な流血を繰り返しながら解体していったユーゴスラビアに生きた家族の詩を紹介します。


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   階段、ふたりの天使 ― ステファンとダヤナへ


   生まれたその日から
   小さな手をひろげ
   愛のかけらをささげるために
   私たちはやってきた

   おもいきり泣いて
   そっとほほえんで
   命と命がささえあい
   階段をのぼりつづける

   水と空気を
   奪われ
   光を消されても
   手をつなぎ

   命は命に
   耳を澄まし
   声もたてず
   階段をのぼりつづける

   天使が空に
   かえった朝も
   小さな足あとが
                                              ただ闇にかがやき

                                              だから
                                              私たちは
                                              のぼりつづける
                    
                          天使が去った階段を



山崎さんと同じ集合住宅の4階に住んでいたビリヤナさんの子供のステファンは小学生、ダヤナは幼稚園児。
ベオグラードの空襲が激しく郊外の村へ疎開して被爆した。
「子供たちは即死。トマホークでやられると遺体は黒焦げで形も残らないと聞く。病院に運ばれたご主人は7日後に亡くなった。重傷を負ったビリヤナさんだけが生き残った」 (ベオグラード日誌より)

山崎佳代子さんは「町を分断した国境は”傷”であり、その”傷”が人間関係をズタズタにしてしまった」と言っていた。



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園児たちが往く、「いいんだぞ~、遅れたって!」
by w-scarecrow | 2012-10-02 07:44 | | Comments(15)