人気ブログランキング | 話題のタグを見る

winter's scarecrow

コスモス

コスモス_e0158857_1957399.jpg

                   藤原新也著 『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』 より

「この島、東京と同じです」 青年はポツリと言う。
「・・・自分が世界から置き忘れられているような」

青年は大学を出てIT企業に就職したが、パソコンばかりに向き合う日々がイヤになって退社した。
やがてネットカフェ難民となって、大都会のビルの片隅で暮らすことになる。

3年後、福岡県の離島に行きつく。 島全体が通夜のように静まり返っている限界集落で一匹の猫と暮らしている。
「情報が何もないところと情報が洪水ののように溢れているところって、同じように独りの気分になれるんです。孤独というのは最初はあまり好きじゃなかったけど、それに慣れると過ごしやすいというか・・」

青年は独りぼっちの生活を修行僧のように強いているわけではない。
ある日、くる筈のない手紙が配達されてきた、実家からの転送された手紙。
同じネットカフェ暮らしのなかで時折、会話を交わした20代の女性からだった。

広島からの便りだった。
島を出て列車に乗り、手紙に記された住所へと向った。
駅で場所を訊ねると、そこは何もない原野だと言う。

青年はコスモスの咲きみだれた野を見渡す。
彼女が言っていたことを想い出す。 
「わたしが生まれ育った故郷にもコスモスがたくさん咲いている場所があったの。 好きな男の子と一緒にコスモスを摘んでいると、わたしの摘んだコスモスを見て、やっぱり女の子が摘んだ方が彩りがきれいだねって言った。その一言がすごく嬉しかったの」

西の空の雲が割れ、夕刻の日差しが差しはじめている。
無数のコスモスの花が微妙な輝きを発している。
人間の背丈よりも高い野生のコスモスの陰に何かが潜んでいるような気がした。

コスモス_e0158857_20444167.jpg


コスモス_e0158857_20463169.jpg


『東京漂流』、『乳の海』、『幻世』以来に久しぶりに藤原新也さんの作品を読んだ。
写真家らしい視点が好きだ。
被写体深度の浅いソフトフォーカスな描写ではなく、深度の深い基層に流れているものを映し出しす視点に浸った。






コスモスの影にはいつも誰かが隠れている◆  東京書籍


表題作の他に13篇のエッセイが収められています。
by w-scarecrow | 2011-01-26 21:07 |