winter's scarecrow

time slip

e0158857_825588.jpg

PCが入院、ペットボトルの水が少しだけかかってしまいメーカー保証中ではあるが実費の修理代¥59630。
完璧に.ochikomu(ドット・落ち込む)。
気分直しに潮風に当たろうと思い横浜へと寄り道散歩。

上の写真はJR鶴見線の鶴見駅。 
鶴見線は川崎港、京浜工業地帯へつづく旧貨物線。 かつては工場や港へと通う労働者たちの足。
e0158857_8384537.jpg
 
JR国道駅、第1京浜と旧東海道が交わる所にある無人駅。
e0158857_8432412.jpg

e0158857_8445791.jpg

戦前の街の匂いがいまだに残っている。 
軍服を着た軍人や塩むすびを持った山下清が歩いていても不思議ではないガード下。
e0158857_8505116.jpg

ガード下を抜けると旧東海道。
生麦魚河岸街、100mくらいの距離に魚屋さんが軒を並べている。 お昼ちかくに行ったので片付けの最中だった。 
この一帯は元々は漁師町、少し先に行くと"生麦事件"の碑があった。
遠くに♪大黒埠頭♪が見えるがこの町にサザンは似合わない。 田端義男がびったりの町。 
e0158857_915778.jpg
e0158857_94586.jpg

電車の車窓から、こういう時に限って"FUJITSU"の看板が目にはいる。 ¥59630
関内駅からベイスターズ通り(ダントツの最下位)をわざわざ通り、横浜大さん橋へ。
潮風に当たり気分が少しづつ晴れてくる。 向こうに赤レンガ倉庫が見える。
e0158857_9101743.jpg
e0158857_9111073.jpg

ノスタルジックな洋服屋の前にひまわりが咲いていた。
e0158857_9143839.jpg
e0158857_915407.jpg

日本大通り、横浜の官庁街。 歴史を感じる趣のある建物が並ぶ。
e0158857_9182789.jpg

横浜中華街へ。
e0158857_920516.jpg

海員閣という人気店の隣りにある揚州酒家でキクラゲと豚肉の卵炒めを食べる。 前回来た時と同じ注文。
たかが卵炒めだがオイスターソースと青菜、筍,ニンジンのあっさりとした絡み具合が抜群。 家でも挑戦した。
e0158857_9274054.jpg
 
中華学院の小学生の下校時間、給食は美味しいんだろうな~。

今朝の東京は雨。 昨夜、呑み友達のG大病院の内科医から胃潰瘍の薬の服用をひとまず止めた方がよいとのアドバイス。
胃酸をずっと抑えていると消化・殺菌機能が落ちると言っていた。
当分、薬をもらいに行く楽しみを取り上げられそう・・。 グサッー! 
こんな日はクレージーケンバンドでも聴こう。
 ♪トンネル抜ければ海が見えるから、そのままドン突きの三笠公園で・・俺の話を聞け!5分だけでいい・・♪
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-06-21 09:41 | 散歩 | Comments(12)

PC入院中

PCのハードディスクが故障してしまい一週間ほどお休みいたします。 皆さんのブログが見れないのが残念です。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-06-14 16:31 | そのほか | Comments(0)

うにカルボ

鮨屋さんで若い女の子が「え~、サーモンと・・」と間を空けられるとどうしても「ガーファンクル!」と言いたくなる。
「とりあえず、中トロから・・」と向こうの30代の女性。
とりあえずはカッパ巻きから始めてくれると好感がもてる。 きっと締めは南マグロの大トロに違いない。
e0158857_17162374.jpg

うつわ屋さんのHPみたい写真になってしまいましたが、静岡市で作陶されている田宮亜紀さんの六尺刷毛目浅鉢と、うにのパスタを合わせてみた。
田宮さんの焼締めは雄々しさと土感を味わえるうつわ。 和洋どちらの料理でも映える。

半額のシールが貼られたうにを買い、カルボナーラと同じ要領で作った。
生クリームを少なめにして卵黄も2人分で1個にする。 ぼやけた味になってしまうのでアンチョビを潰し炒めたらアクセントとなり、なかなかの味になった。
ただカルボナーラ風にすると量は食べられない。

先日、デパートで木曽さわらで作ったおひつに見とれてしまった。 職人の技の数々。
おひつに炊きたてのご飯を移して、いい具合にしっとり感を残したご飯でおにぎりを作ってみたい。
小さい頃、好きだったケイコちゃんちのおやつはホットケーキ、蜂蜜もかかっている。 
世の中にこんな旨いものがあるんだと感激した。
母にそれを話すと「ケイコちゃんのお母さんは女子大を出てるから・・」それで終わり。
「オレにもおやつを作ってよ」と言うと、「おひつに入っているご飯で味噌おにぎりにして食べてなさい・・」
私も"女子大"を出た母親がほしかった。
あ~、おひつがほしい。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-06-12 21:40 | 食 + うつわ | Comments(4)

阿佐谷散歩

一ヶ月ぶりの晴れた日曜日。
中杉通りにある"zakka土の記憶"に片口を探しに、愛車でゆっくりと夏の始まりを感じながらの自転車散歩。
大宮八幡宮での初詣で「今年こそは素敵な人と出逢うことが無いように!」と祈願をした中間報告に。
e0158857_9391327.jpg

e0158857_941246.jpg

e0158857_9425039.jpg

弓道場の方へ行くと高い木々に覆われ通り抜けの風が心地よい。
e0158857_9464514.jpg

e0158857_9491050.jpg

e0158857_9503127.jpg

e0158857_9521226.jpg
阿佐谷駅から青梅街道までつづく長いアーケード街。
小さな商店が軒を並べている。 
私の住んでいるオバQ(小田急)線の街に比べると物価が安い。
商店同士の競争と助け合いがうまくとれている商店街。
リュックを背負って毎日でも買い物に来たい。
どら焼きで有名な"うさぎ屋"の先に小さなパン屋さん"草の花"がある。
皮がパリパリして美味しいバタールと惣菜パンを買い、和田堀公園で苦手なハトに囲まれながら惣菜パンを食べるが落ち着かない。
「おまえたちは中国へ行ったら、みんな食べられちゃうんだぞ!」と脅してもポッポポッポと足元を歩きまわっている。
e0158857_1061324.jpg

e0158857_1073856.jpg

パン屋さんの少し先に『馬橋稲荷神社』という歴史のある神社があった。
参道が樹齢数百年という見事な木々(木の名前を全く知らないんです。全部"木")のなか朱色が眩しい。 
e0158857_10175331.jpg

土曜日は久しぶりに香港の映画人と呑んだ。
師でもある許鞍華(アン・ホイ)が香港映画祭で金賞を受賞。 授賞式のこもごもを聞く。
64歳になってもまだエネルギッシュにメガホンを握っている素敵なオバちゃん監督を想い浮かべ、嬉しくてタラフク呑んでしまった。
阿佐谷の商店街を歩き神社で佇んでいたら昨夜の酒が抜けてきた。 ハト避けのスプレーを塗っていけばよかった。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-06-08 09:12 | 散歩 | Comments(8)

ぬりぬり

きのう吉祥寺で降りた。 スプレッドタイプのチーズを買いにきた。
フランス、ロレーヌ地方の"Valfrais"(ヴァルフレ)のフレッシュチーズ。 西洋ワサビ入りとニンニク&ハーブ入りのものを買った。
e0158857_18255279.jpg

有名な"ダンディゾン"へ行ってみたが6時の時点で全てのパンが売り切れていた。 すごい人気。
サンロードにあるドイツパンの"Linde"でロッゲンザフトブロートを買う。
驚いたのはこのドイツ語名をアッキーナみたいな店員さんは噛むことなく、なんなく言ってのけた。
バイトをするときはドイツ料理・パン屋は無理だと感じた。「Nein!」
e0158857_1984098.jpg
Valfraisのスプレッドタイプのチーズはニンニクとハーブの方がワサビより美味しかった。
ジャン・レノと広末涼子共演の「Wasabi」もコケた。 フランス人にはワサビは向いていないのかも。

高校時代は吉祥寺がベースだったのでこの街の変遷には驚く。
ゆっくりと時間をかけての変遷。 
帰りに井の頭公園をぬけて公園駅へ。
青春ドラマ『俺たちの旅立ち』では中村雅俊、田中健が友情や愛を謳っていた舞台。
私たちはデートの最後にくる場所、いつも決まったように座って夢を語っていた人目に付きにくいベンチ。
まだあった。カップルが楽しそうに喋っていた。「そこのベンチ、別れるぞ」と遠目に囁く。
若者たちがダンスの練習をしていた。 これが上手い! 足を止めてしばらく見とれていた。
この踊りのセンスが私にあったなら、EXILEの追加メンバーのオーディションを間違いなく受けていた。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-06-05 19:24 | 食 + うつわ | Comments(6)

木村展之さんのうつわ 

e0158857_191237.jpg

『桃花瓷輪花平鉢』

琵琶湖を望む滋賀県湖西で作陶している木村展之さんのうつわ。

舞いおちた薄紅色の花びらが頬を染めたように、ほんわりと発色している。
散り際の春の終わりを愛しむかのように仄かに桃色に輝いている。



木村展之

1965年 京都五条坂で生まれる
1988年 京都市工業試験場窯業専攻科修了
      京都府無形文化財保持者である父・盛伸氏に師事
1992年 滋賀県湖西に築窯独立


e0158857_19274558.jpg

e0158857_19285228.jpg













窯出しをした磁器は素地と釉薬の収縮率の違いによって貫入(ひび割れ)が入る。
氷に細かなひびが入ったような氷裂貫入が連なり、見事な景色を作りだしている。
鮮やかな桃色と天空や水面を切り取ったような青。
土と釉薬に含まれている僅かな鉄分の作用によって生まれた青。
青磁に使う釉薬に赤く発色する成分を入れ桃色に発色する釉薬を生みだした。

e0158857_19521099.jpg

e0158857_19532565.jpg



e0158857_204320.jpg

木村展之さんは常に新しい釉薬に挑戦している作家さんである。
その探究心から優雅で気品のあるうつわを生みだしている。 東京では西荻窪の"陶花源"で木村さん、盛伸氏、弟さんの宜正氏の作品を扱っている。
京都の作家・吉井史郎さんの作品も扱っているのでついつい長居をしてしまう。
吉井さんの日常使いのうつわが好きだ。

6月に入った。 今日の東京は気温は高かったが風が涼しく自転車を漕ぐには気持ちがよい一日だった。
塗るタイプのフレッシュチーズ、イタリアの"カルピネッロ"が美味しく、以前は恵比寿のガーデンプレースで売っていたが今日、覗いてみたがなかった。 一年に数回しか入荷しないみたいだ。
イタリアまで買いに行きたい。 憧れのクロアチアも訪ねてみたい。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-06-02 21:57 | うつわ | Comments(6)

♪雨に唄えば♪

e0158857_934103.jpg

"わが春をあこがれのみが駈け去れり麦藁帽子被りて眠る"

大学生になって初めて登校した日、隣に座った東北訛りの抜けない女の子がジッと見ながら言った。
「Wさんて、出身は北海道ですか?東北ですか?」
「?ここが地元だよ」
「うそ~っ!」
北海道の牧場で酪農をしている雰囲気があると言われた。
磐梯山にある知り合いのペンションで手伝っていたときは5歳も上のオーナーを通り越して
「ちょっとご主人いいですか・・」と私のところへきた。 どう見てもオーナーの方が年上に見える。

街を歩いてて感じるのだが、歌舞伎町辺りの風俗の呼び込みも私には全く声をかけず、後ろを歩いていた温水洋一風の男にまとわりついている。何故?
駅前のティシュ配りも私にはくれない。 チラシ配りもあまり差し出すことはない。
何故なんだろうと数十年考えているのだが答えが見つからない。
電車で前の席に座ったサラリーマンを見て、どこで生まれて、どういう家族構成で育ち、今はどんな奥さんと暮らしているのか? 
そんな他人の分析ばかりしている。

病院の待合室でなにもすることがないので、栄倉菜々に似ている薬剤師さんを眺めながらいろいろなシュミレーションをしている。(毎回)
偶然、街で彼女と出くわしたときのことを考える。 自分だったら「あっ、こんちわ」の一瞬で終わってしまう。
キムタクだったらどうするか、高倉健だったらどうするかを考えるが、キムタクとはかなりの隔たりがあり、
健さんの場合はどうしても舞台が網走の街になってしまう。

"必殺仕事人"の中村主水で考えたらすんなりといった。
町娘の彼女が茶屋の前をスタスタと歩いてくる。 擦れ違いざまに、
「お侍さま、手の傷が・・・血が・・・」
「いや、案じるほどのことではない」
「わたしは近くの小石川療養所の薬園で奉公しています。少しは医術の心得があります」
彼女は自分の着物の裾をサッと捲り、長襦袢を剥ぎ、素早く傷口を塞ぐ。
「そなたは療養所におると言われたな。名は何と申す・・」
「お侍さま、名乗るほどの者では・・・」
「では、そなたの携帯の番号でも・・」
「携帯は持っておりませぬ・・」
「ではFAX番号だけでも・・」
「はい・・」
出来た!シュミレーションが出来た。 FAX番号を訊こう! これだったらつい言ってしまう。

つまらない妄想にお付き合いいただきありがとうございました。040.gifかたじけない。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-29 09:22 | my back pages | Comments(10)

我想去成都

e0158857_1295371.jpg

世界のどこの国へ行っても中国人とインド人のコミュニティーがある。
食べ物で困ったときはchina townかindian streetへ行けば中華料理かカレーは食べられる。
以前、ドイツのフライブルグという小さな街の小さなビアホールでソーセージをつまみにシミジミっと呑んでいたら、
「節子さん、なにしてんねん!そこの席とっといてや~」との声、世界のどこへ行っても大阪のおばちゃんはいた。
チョウチョ好きな友人がアフリカのマリ共和国というところへチョウチョ観察の旅に行ったら、やはりマリにも元気な大阪のおばちゃんがいたらしい。 蝶柄の刺繍のTシャツを着ていたかはわからない。 飴は持っていたに違いない。e0158857_20365376.jpg

香港映画のスタッフとして香港に滞在していたときは同僚とともに地元の美味しくて安くて汚い、街の食堂でいつも食べていた。
「麻婆豆腐を注文したいんだけど・・」 何?という顔をされた。 街の食堂は広東料理がベース。
麻婆豆腐は四川料理。 沖縄料理店で秋田のきりたんぽが食べたいと言っているのと同じである。
恐らく香港の人たちの殆どは麻婆豆腐を食べたことがないような気がする。

広東料理に飽きると浙江省の料理を出すお店に連れていってもらった。
旨かった。
日本人には上海周辺の料理が一番合っている。

e0158857_205268.jpg
成都陳麻婆川菜調味品有限公司出品
四川の現地そのままの辛さ、味を食すことができる麻婆豆腐の素。
最近は三越や高島屋でも見ることがある。
もちろん花椒もついているので風味のある激辛を味わえる。

陳健一が市販の豆板醤をプロ仕様にするには瓶の中にみりんを少し足すとよいと言っていた。

今、TVで我、横浜Baystarsの四番・村田が逆転ホームランを打った!
「横濱湾星棒球団、加油!」

再見,用梦冘吧(夢で逢いましょう!)
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-27 21:18 | 食 + うつわ | Comments(10)

新緑、映える

e0158857_15121657.jpg


金重巌・備前 『於里部麦酒壷』 (写真・右)
金重巌は備前の陶芸家たちはあまり作ることのない呉須の麦酒壷や於里部(織部)にも挑んでいる。
少しの遊び心があるから、使う側にもその楽しさ、新しさが伝わってくる。
備前焼の復興に尽力を注ぎ、備前焼の最初の人間国宝となった金重陶陽を祖父とし、その長男、故・道明を父として生まれた。
父、道明が病床で「元気になったら、父(陶陽)を意識しない作品を作りたい」と言っていたという。
陶陽直系の巌にもそんなプレーシャーが重くかかっているのだろうか。
巌さんの作品からは継承していくものと新しく生み出していくものとのバランス感覚の妙技を感じます。
土づくりには時間を惜しまず、窯出しした後も一点一点、時間をかけ手入れをする。
そんな素晴らしき伝統を踏襲した陶芸家の作品でお茶を飲むひとときの幸福感。


e0158857_15432863.jpg

鈴木徹 『緑釉湯呑』


人間国宝・鈴木蔵を父として岐阜県多治見市に生まれる。
緑釉を薄くかけ、流れやすい釉薬の流れと溜まる箇所の変化を味わうことのできる湯呑。
薄い釉薬の下から白い胎土が透けて見える。
口元や見込にも丁寧な気遣いが感じられる、凛々しく上品な湯呑である。
鈴木徹さんは織部を主として作品を作っている。
その緻密で優美な作品群は自身のHP"陶藝 鈴木徹"で見ることができる。
(福島県で同姓同名の陶芸家の方がいるので検索すると混同してしまいます)

意識的にではなく結果、人間国宝の陶芸家をを祖父や父にもつ作家さんの織部を取り上げました。
織部を写真に撮ると現物より明るく(浅く)写ってしまいます。 実際はもっと深い緑色です。

今日の東京は冷たい雨が降ったり、少しだけ陽がさしたりと不安定な一日。
今年の梅雨は短いとお天気おねえさんが言っていた。
うちには真っ赤な傘が一本あるだけ。 
「昨夜はどこかにお泊りだったの?」と人からニヤニヤしながら訊かれる。
そんなときには「ちょっとねっ」と答えるのだが、黒やグレーのオヤジ色の傘なんて買う気がしない。

金重巌-1965年、岡山県備前市に生まれる
      1995年、独立                               
     『於里部麦酒壷』 口径: 7cm 高さ: 9.7cm            
鈴木徹-1964年、岐阜県多治見市生まれ
      1987年、龍谷大学文学部史学科卒
     『緑釉湯呑』 口径: 6.6cm 高さ: 9.2cm
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-24 17:40 | うつわ | Comments(4)

morning tea

お酒を呑むときはほとんどつまみを口にしない。
亡父もそうだった。 少し酔いがまわってくると楽しそうに母をからかっていた。 母のことが大好きだった。
でも、私はサンドイッチとpizzaだけは口にする。 afternoon teaで出てくるような薄くて小さなサンドイッチ、レタスや余計なものが入っていないキュウリやハム、たまごだけのサンド。
立食パーティーのときはグラス片手にサンドイッチを独り占めしている。 今朝は昨夜に買ってきた紅茶のスコーン。


e0158857_13464673.jpg


いただいた手作りのブルーベリージャムのほど良い酸味が起きたての脳のスイッチをオンにしてくれる。
ひとり暮らしの友人たちの冷蔵庫には必ずといってよいほど野菜ジュースやトマトジュースが入っている。
普段の食生活のなかで生野菜という選択肢がゼロである。 ジャムはもちろん入っていない。


e0158857_13535340.jpg


sweden,Rorstrandのcup&saucer、グレーとイエローのチューリップの楽しい絵柄が紅茶をより一層引きたててくれる。
『TEA Shop八月の鯨』のベルガモットの風味が爽やかな"星空"を飲む。
e0158857_1442684.jpg

山梨県道志村で工房を構える宮田光善さんの藁灰釉のtea pot。
飾り気のない、どちらかと言えば無愛想なpot。
このさりげなさが堪らない。

TVを観ていると景気の悪さを痛感する。 連続ドラマは『北の国から』以降観ていないので詳しくは判らない。
バラエティーに出ている面々がこの数カ月で変わってきている。
出演料の高くない、かつてのアイドルたちがどの番組でも多く出ている。 お決まりの一番組一おかまちゃんの方程式は変わっていない。
普段はBSの番組ばかり観ている。 特にNHKにはお世話になっている。
昔、NHKの集金人がくると両親は年貢を納めるかのように、頭を下げながら受信料を払っていた。
両親はニュースも歌番組も演芸番組もNHKだった。 公務員(NHKは違うが)を何故か崇めている。
姉が公務員になったときは赤飯を炊いてご近所に配っていた。

ただNHKのフォークソングの番組には判で押したように南こうせつ、さだまさし。バラエティーには林家三平一家。これには辟易する。
鶴瓶の『家族に乾杯』がいつか実家の母を訪ねてくれるといいのだが。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-22 09:36 | うつわ | Comments(10)

ひなた

e0158857_0141423.jpg
真昼の星



ひかえめな 素朴な星は
真昼の空の 遥かな奥に
きらめいている
目立たぬように・・・。

はにかみがちな 綺麗な心が
ほのかな光を見せまいとして
明るい日向を
歩むように・・・。

かがやきを包もうとする星たちは
真昼の空の 遥かな奥に
きらめいている
ひそやかに 静かに・・・。



吉野弘詩全集『真昼の星』より







街道、食=文化を繋ぐ、"路"にひたすら想いがゆく。
京都の食文化、福井県小浜からの鯖街道。
海辺の町からの塩の道。
なぜか昔からの伝統が根付いている町といわれるところは盆地が多い。
地形からの要因もある。それ故自分を地域を受け継がれた文化を守る、余所者を受け入れない習性があるのかもしれない。
京都、奈良、会津。 天領だった町々。
かつてNHKで司馬遼太郎の「街道をゆく」が放映させていた。
今、また観てみたい。 

日曜日に巣鴨にある亡父の墓参り。 
自分が詰まったときには缶ビールを持って墓前でひとときの時間を過ごす。
帰りに"とげぬき地蔵通り"に行く。
豆大福、豆餅のお店も人だかり。 「2個ください」と言うには長すぎた列。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-20 00:54 | | Comments(2)

彩り

世田谷区立芦花小学校の3年生たちが育てた花、
e0158857_12381173.jpg

久しぶりに京王線の千歳烏山駅の南(東)側を歩いた。
今は統廃合されてしまった嘗ての都立C高校へよく通った。 私の高校も私服、都立高も殆ど私服だったので朝からC高の授業も受けていたことがある。 中学時代の仲間も何人かいたのでそのクラスへ。
ほかの生徒も他校からの飛び入りを面白がっていた。
付き合っていた彼女は別のクラスにいた。
駅から現・芦花高校へと向かう道、当時とはかなり違う風景になっていた。 
e0158857_12425242.jpg

その道沿いある小さな焼菓子屋さん、"Patisserie Le Petit Poisson" フランス語で小さな魚やさんという意味らしい。

写真の上から、週末限定のリキュールの入ったシュークリーム。 しっかりとしたシュー生地でたっぷりとバニラビーンズが入っている。 クリームも濃厚なわりにさっぱりとした甘みでリキュールの香りがほんわりとただよう。 買いにきてよかった!

e0158857_195345.jpg
真ん中は洋ナシのタルト、これは明日食べる。

下はブルターニュの伝統的焼き菓子ガレットブルトンヌ、フランスの発酵バターを使い、砂糖を焦がした風味とバーターと岩塩の三つ巴で酒(ワイン)といっしょに食べてもおかしくない。

テーブルに5種類の焼菓子が並んでいた、小さなお店で3,4人入ればいっぱいになってしまいそうだ。
3個買ったシュークリームの1つを食べに芦花公園へ。


e0158857_1974865.jpg

北多摩郡千歳村字粕谷、明治の作家・徳冨蘆花が1907年から亡くなるまでの20年間を過ごした場所。
鬱蒼とした林に住居前にある見事な竹林。
そのころはイノシシや鹿もいっぱいいたのかもしれない。
林を抜けると芦花小の子供たちの花壇が広がっていた。
e0158857_19491497.jpg

e0158857_18483729.jpg

e0158857_18502243.jpg

e0158857_1851387.jpg

e0158857_18525519.jpg

芦花小の3年生のみんな、素敵な花をありがとう!

Blogで見て気になっていた駅のそばにある『napas bread』へ寄る。 今月で閉店すると聞いていた。
e0158857_1858343.jpg
ソテーされた玉ねぎときのこが美味しい"サルマ"、ほうれん草とベーコンの定番のキッシュ。
これが堪らなく旨かった。
もっと前にきていたら、きっと通ったと想う。

美味しいパンと焼菓子、懐かしの街、子供たちが育てた花。
曇りの天気とは裏腹に健やかな時間を過ごすことができた。

福山雅治が歌う、
♪東京にもあったんだ~
こんな きれいな夕陽が うれし~いな 
君に見せたいな 君は元気かな♪を歌いながら福山になりきっていた一日。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-16 19:51 | 食 + うつわ | Comments(8)

淡雪のように

e0158857_8311583.jpg
加藤土代久 『志野湯呑』

口径: 7.4cm 高さ: 9.8cm

加藤土代久(豊久)1962年、岐阜県土岐市生まれ。

1983年、21歳の若さで朝日陶芸新人賞を受賞。
それ以後も数々の陶芸展で賞を受賞している。

志野焼は桃山時代に侘び茶の盛隆でその造形に魅せられた茶人たちに珍重された。
瀬戸焼は茶入れや茶壷に主力を傾け、志野焼は茶碗や茶道具に重きを置いた。
江戸時代になると磁器の普及とともに志野焼は衰退する。
昭和5年に陶芸家・荒川豊蔵が美濃の山中で志野焼の古窯跡を発見し、その陶片をもとにかつての志野焼を再現した。

加藤土代久さんの志野は戦乱の時代が終わり、桃山時代の茶陶として生まれた志野焼に夢を託し、土代久さんの稀有なセンスと確かな陶技によって生みだされてゆく。
淡雪を想わせる長石釉、ガス窯で炎を調節しところどころに現れた火色、貫入の景色を眺めながらの一服。
数々の優美な文化を生みだした桃山時代へと想いを馳せる。

土代久さんと美濃で同世代の加藤康景、塚本治彦がいる、それぞれ全く違うタッチで志野に挑んでいる。
師である林正太郎、彼らとは中間の世代の堀一郎、若手の樋口雅之。 大好きな美濃の陶芸家たち。
志野のやわらかな景色と土肌を感じる楽しさがある。

Art,Artistという言葉に違和感を感じるときがある。
この2つの言葉は自分から発するものではなく、人がArtと認めたものがArtでありArtistである。
差し出された名刺に○○○アーティストと印刷されている。 
美容や建築界、その他どの分野でもアーティストが溢れている。 
自分から芸術家と名乗る薄っぺらな言葉になってきた。

これから病院へ胃薬を取りに行く。 金正日に似ているおばさんではなく、栄倉奈々似の薬剤師さんだったらいいんだけど。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-13 09:09 | うつわ | Comments(4)

春にして想う

明日は母の日、一年間の母親の苦労をねぎらい健康で過ごせるようにと願う。

e0158857_1612599.jpg
小津安二郎監督『東京物語』(1953年)、父とは、母とは、家族とはを考えさせてくれる秀作である。
今観ても家族の形態、価値観は変わってきているが流れているものは変わっていない。

周吉(笠智衆)とトミ(東山千栄子)は尾道から、東京や大阪に住んでいる子供たちに会うため旅にでる。
内科の診療所をやっている長男の家に泊まるが家は手狭でそれほど裕福そうでもない。
祖父母のために自分の部屋を空け渡したことに孫は腹を立てている。



e0158857_16335897.jpg
戦死した二男の嫁だった紀子(原節子)が加わり、久しぶりの家族団欒である。
翌日、急患が入り東京見物が中止になった周吉とトミは暇をもてあそぶ。

長男の家をでて長女の家を訪ねるが、夫婦共々忙しくて両親をもてなすゆとりがない。
紀子が会社を休み、二人を観光バスに乗せて東京案内をしてくれる。
そして、ひとり暮らしのアパートへ二人を招く。
そこには戦死した二男の写真が飾ってあった。





e0158857_16503914.jpg
周吉とトミは2泊の予定で熱海に静養に行くが、旅館に団体客が入っており、そのドンチャン騒ぎで眠れぬ夜を過ごす。
海を見渡す防波堤を歩いていたときにトミは目眩を起こし、1泊しただけで東京へ戻る。
早々に帰ってきた両親をいぶかしく見る長男と長女。

居る場所がなくなった二人は上野公園のベンチで思案する。
トミは紀子のアパートへ周吉は旧友の家を訪ねる。

尾道へ戻ったトミは脳溢血の発作に襲われ危篤に陥る。 東京や大阪から子供たちが駆けつけトミの最後を看取る。



e0158857_17135313.jpg
葬儀が終わり、子供たちは慌ただしく帰って行く、最後まで残っていたのは紀子だった。
「妙なものだ。自分が育てた子供より、いわば他人のあんたの方が、よっぽど私たちによくしてくれた。 いやぁ、ありがとう」

子供たちの家にはそれぞれの事情がある。
周吉とトミはもしかしたらこれが子供たちに会える最後の旅であると感じていたと想う。

20歳のときにSan Franciscoの映画館で『東京物語』を初めて観た。
父が笠智衆と似ていたこともあって、涙が溢れんばかりに流れてきた。
行き場所をなくした二人が公園のベンチで宙を眺めている。 その心情を考えたら止まらなかった。

親爺はどうしているのかな?と想い余って近くの公衆電話からコレクトコールをかけた。


e0158857_17472590.jpg
運悪く母がでた。
当時はオペレーターと母と3人で会話ができた。
オペレーターの英語に圧倒され無言でいる。
「受信人払いの電話で、繋いでいいのか?って訊いているから、イエスと言ってくれればいいんだよ・・」
「・・・・・」
金縛りにでもあっているのかもしれない。
今観た映画の感動を伝えたかった。
突然「NO!!」という声が聞こえ電話は切れた。

先日、ムースと美味しい味噌を届けに実家へ。家の近くにきたらスタスタとした足取りで母が前を歩いてた。カメラを取り出し後ろ姿を撮った。

着物を着る機会が多いので大正生まれにしては背筋がピンとしている。
「ムースを買ってきたから食べようっ」 怪訝な顔をしている。 
そのあとは想像通りの言葉が返ってきた。「ムースって・・」

いつまでも元気でいてほしい。 ありがとう。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-09 18:06 | 映画 | Comments(6)

表参道 春

GW中の表参道散歩。
e0158857_19552065.jpg


弓道をやっている人には目眩がしそうな店。ちゃんと射とめてくだいね。
e0158857_19573484.jpg

e0158857_19585169.jpg

e0158857_19595697.jpg

e0158857_2012219.jpg

e0158857_203061.jpg


連休中、家族連れも多く、人、人。 香港、台湾、韓国からの観光客が多かった。
中国本土からの観光客は秋葉原、銀座、新宿ルート。表参道にはあまりいない。 
有名建築家のモールを出るとニュートラルでなくコンセプトを持った面白い建造物が立ち並ぶ景色。

表参道、団塊の世代には原宿は長閑な町。 東京オリンピック前までは"キディーランド"しかなかった参道。
私たちの世代は竹下通りに小さな店ができ始めていた。 竹の子族も集まっていた。
少し歩くと青山墓地、根津美術館を下ると西麻布。今は芸能人御用達の店が立ち並ぶ乾いた街へとつづく。
e0158857_20414748.jpg

その日、skateboard shopで赤の雫のTシャツを買ってきた。 "Color Communications"
ちょっと覗いた"白山陶器"直営店でtea cupを想わず買ってしまった。
e0158857_205526.jpg

いつも行く下北沢の飲み屋さんの板さんが奄美の"喜界島"という小さな島の出身。
黒糖作りで有名な島。
島では味噌は"蘇鉄の実"で作っていたらしい。 すごい発見。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-08 01:10 | 散歩 | Comments(4)

竹、竹、竹

e0158857_16424720.jpg「大人なったら、毎日グレープかオレンジのカルピスを好きなだけ飲み、蜂蜜湯と一緒にカステラを毎日食べ、隠れて舐めてたトラピスト修道院のバターを堂々と舐め、赤福をひとり占めにし、子供は食べたらダメと言われていたサバランを一日2個食べ、桃をイヤになるまで食べたい・・・」と切望していました。

今でも、蛇口からカルピスやヤクルト・ジョアがでてきたらいいなと想う。

それよりも、今は竹林に囲まれた家に住みたい。
鹿威し(シシおどしは)は自分が一番びっくりすると想うので、水琴窟があればいい。
あとはPizzaを焼く窯があればいい。(念の為、ご近所にdominoがあればいい)

タケノコご飯が大好きだ。
いただいたタケノコと油揚げだけ入れたご飯、五目にしたら採りたての筍に申し訳ない。
生揚げ(厚揚げ)とがんも、蒟蒻と椎茸の煮物。 盛り付けの才能のなさに、ガクッ。
朝はだいたいお酒で胃が疲れているのでタケノコ入りのスープに中華粥が食べたい、昼は好きな五目やきそばにタケノコやきのこが入っていれば満足である。 

筍のアク抜きに米糠と鷹の爪ではなく、椿の葉が面倒がなくてよいと聞いたことがある。
でも植物の知識の全くない私だったら椿ではなく牡丹の葉っぱを入れてしまうに違いない。

萩原朔太郎の『竹』という詩の文末、
「まっしぐらに 竹が生え 凍れる節々りんりんと 青空のもとに竹が生え 竹、竹、竹が生え」
朔太郎の詩と同じく歯切れのよい、筍の触感。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-05 18:14 | 食 + うつわ | Comments(12)

朝靄にうかぶ風景

八十八夜に静岡の川根から新茶が届いた。
e0158857_18221699.jpg

大井川沿いの急傾斜地、標高400mの茶畑で育ったお茶。
緑色が強く出る深蒸しのお茶ではなく、香りや新茶特有の渋み、甘さがストレートに伝わる若蒸し(浅蒸し)の山のお茶。
高畑園という茶農家に手摘みの新茶を予約しておいた。
家族総動員、子供たちまで手伝い、収穫作業に追われているみたいだ。
そんな温かさが同封されていたメッセージからも伝わってくる。
朝靄に包まれた大井川や瑞々しい若芽を想いうかべながらの一服。

忌野清志郎が逝った。
戦争、原発、君が代、タブーに斬りこみ臆することなく自分の歩幅で歩きつづけてきた。
中学時代に♪ぼくの好きな先生♪をギターで何度も練習をした。
朝に訃報を聞いてショックを受けた。 早過ぎだよ。 あんな素敵な58歳にいつの日かなっていたい。
[PR]
# by w-scarecrow | 2009-05-03 18:37 | tea | Comments(10)