winter's scarecrow

赤ひげ 先生

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呑み仲間で、いつも楽しい医学博士、大学教授、大学病院の肩書の内科部長がいる。

いつもおおらか、「男にも更年期障害ってあるんですか? 今、そんな感じがするんです、どうしたら?」との友人の質問に「ちゃんと薬があるから大丈夫!」
いつも薬があるからと・・(確かに)

でも、ちゃんと心の問題にも躰の変化に対してもとくとくと説明してくれる。 

福井県小浜出身の内科医。奥さんは名眼科医。

娘も息子も医者。「先生、なんか気持ち悪くないですか?医者の子は医者みたなのって、違う遺伝子を入れないと・・」
両親が医者の夫婦、話を聞いていると塾や云々、なにもさせていなかった。かなりの放任。
先生がアメリカの大学病院で医師をしていたときに生まれた子供たちなので、子供たちも感性はインターナショナル。

先生は足が不自由だ、日常生活にステッキが欠かせない。

「wさん、駅のホームで列車が入るときにふと線路に飛び出そうと思うときがあるんだよね・・・」

外科医はストレスからかくるアルコール依存症、命を預かる医師たちのストレスはすごいみたいだ。

「内科医は楽ですよね!」
「ばかを言うんじゃない、ご老人たちの躰の不調ではなく、日々の家庭の愚痴を聞くのがしんどい、嫁姑の問題とか資産のこととか」

先生、また神楽坂あたりで呑みたいですね。 
先生の愚痴聞きますよ。 
   


# by w-scarecrow | 2017-06-26 03:51 | そのほか | Comments(0)

断捨離 


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首相のお友達スキャンダルに辟易してる日々がつづいてる。
「美しい日本をとりもどす」、美しい日本ってどの時代だったんだろう? 人々はずっと美しいのに。


豊洲市場問題はどう展開するか気になっていた。 どう未来を切り開いてゆくのか、「美しい日本をとりもどす」より、身近な明日の私たちの食への決断を。

小池都知事の概要を聞いたが、またカタカナ言葉が多くていまだにどこへ向けての指針なんだろう?と、
私の老母には全く通じず、ヤンキー気取りの若者たちにも、こころに届かず・・解んないカタカナやめようと!いつもTVに向かって呟いています。



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毎日みる夢で自分が一番切羽詰まったとき、どん底にみる夢が引っ越しの夢。

人生、今まで4回の引っ越し、住んでいたアパートの建て直しが2回、隣人の住民の騒音で仕方なくの引っ越しもあった。 

その度々の引っ越し=断捨離で今はすっきりとした部屋になったが、10代の頃から早稲田の古本屋街で探し求めていた三島由紀夫や開高健、詩人たちの初版本から、手塚理美(高校生の)ヌード写真集まで670冊を単行本を古書業者に依託してもらったところ、引き取り価格総額¥2200が振り込まれていた。

あれだけ歩いて古本屋街で見つけた小説や詩集が・・・たった・・ これが断捨離なのかな?

都知事の現時点の話だと、一度豊洲へ引っ越しをしてもらって、5年後、また古里の築地へ戻ってくださいねと・・。
世の中で「離婚」と「引っ越し」ほど体力、精神力が必要とされるものはない。(と想う) 

曖昧なカタカナじゃない、どんな未来を都知事は発信してくれるんだろうか?

断捨離、私の実家には幼稚園のときに描いた「おとうさんの絵」も集めたコーラやビールの栓も、日々のバイブルだったプロ野球選手名鑑も断捨離好きの母に・・。

幼稚園の時に使っていた皆とお揃いの象さんが描かれた弁当箱だけは、捨てないでほしかったのに。



# by w-scarecrow | 2017-06-24 02:19 | そのほか | Comments(0)

雨音


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 晴れの日は不愛想なトタン屋根や転がる空き缶が 雨粒が当たるとみるみると楽器となり 音を紡ぎ

        色のない街に鮮やかな彩色と輪郭を浮かびあがらせてくれる

        降りかたによっては管楽器にもなり 打楽器に似た音色を奏でる

        そんな雨の日の音が好きだ


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父の日、学生時代の友から連絡があった。「久しぶりに皆で会うことになったから××日は空けといてな」

いつもの7人で集まるというが、この7人珍しいことに酒を呑むのは私を含めて2人だけ。
おじさん7人が焼肉やお好み焼きを囲んでただ食べるだけ、呑べえ2人が浮くのなんの、この健全さが辛くて毎回断ってきた。

この7人のうち5人、酒は飲まないが麻雀や競馬の賭け事とゴルフが大好き。 麻雀もギャンブルもゴルフもやらない私には話題も酒も進まない。

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電話をくれたSくんはいつも私のことを気遣ってくれる。

実家が近いので、今でも私の母の顔を見に立ち寄ってくれる。 感謝。


今の子供たちは生卵を割れないし、サンマの塩焼をちゃんとした箸さばきで食べれない、デパートで買ってきたカブトムシの片足が取れてしまったのでデパートに直してもらいに行く!信じられないぞ、結局親が悪いんだけど。なんて嘆いていたSくん。

Sくんは息子2人。 次男の息子さんが知的障害を抱えている。
以前、Sくんと代官山の西郷山公園で二人で花見をしたときにSくんは小さなタウンユースの自転車に乗ってきた。 下戸なSくん、私が呑む缶ビールまで買ってきてくれた。

「格好いいチャリじゃん!」
「働き始めた次男と上のお兄ちゃんが、父の日にプレゼントしてくれたんだ」
「子供たち、もうそんな大きくなったんだ・・」
「ずうたいばかりだけど」


酒を呑まない旧友たち、今回も断るか顔を出すか迷っている。 いつもの初恋談義でも聞いてくるか・・。 奴らはしらふで遠い日の思い出を語れる。




# by w-scarecrow | 2017-06-19 22:05 | そのほか | Comments(0)

幸せを感じる時間

                 あまり見なれないトマトの品種、海外原産のトマトたち      

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千葉からやってきた行商のおばちゃん、背負った大きなカゴは子供一人が入れるくらいのでかさ。

朝採りの新鮮な野菜を上がり框へ並べていく、今はあまり見れなくなった根っこが鮮やかなピンク色をしたホウレン草や、青首ではない辛みのある大根・・・。

「あと、干し芋も・・」と、母は子供たちのおやつ代わりとして買ってくれるのだが、『 僕はキライだ 』

たまに、おばちゃんが「wちゃん、食べなさい」と形のわるいトマトを母に隠れてくれる。
そんな私だけにくれたトマトに被りつく、青くささもあったが太陽のエネルギーがいっぱい詰まったトマトが嬉しかった。
野菜のえぐみも青くささも、辛みも栄養価の高かったかつての野菜たち、品種改良で多くの野菜が特徴のない平均的な味になってしまった。

スーパーでも数々の種類のトマトが売られている。高価なスイーツみたいな上品なトマトもある。 熊本の塩トマトも食べたい。
一袋30円台で売られている、もやし農家がなんか可哀想だ。



サンタクロースがやって来るのも、かぐや姫が月に帰るのも " 午前零時 "

振り込め詐欺の電話がかかってくるのは " 午後二時 "、夫婦げんかが始まるのは " 午後八時 " を連想する人が多いらしい。

仕事でミスをするのは " 午後二時 " " 午後四時 "

人が幸せを感じるのは何時ごろなんだろう?

新婚さんがそそとして家路につく " 午後六時台? "、

イタメシ屋のやや暗めの照明の下、女子会で奥さんたちが「またあの頃に戻りたいね・・」と、アッシーくんやミツグくんたちとのミラーボールの七色輝く乙女?時代、そんなdeepな思い出語る " 午後七時台? " 、

お父さんたちが痴漢に間違われないように両手で吊り皮につかまり、満員電車から解放された " 午後十時台?"

私の幸せに感じる時間は焼き立てのパンを買いに行く " 午前十時台 "  低温殺菌の牛乳とパン。ちょいと女子ぽいですね。



# by w-scarecrow | 2017-06-12 22:22 | | Comments(4)

外は白い雪の夜  


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                    大事な話が君にあるんだ
                    本など読まずに 今聞いてくれ
                    ぼくたち何年つきあったろうか
                    最初のに出逢った場所もここだね
                    感のするどい君だから
                    何を話すかわかっているよね
                    傷つけあって生きるより
                    なぐさめあって 別れよう
                    だから Bye-bye Love
                    外は白い雪の夜

                    あなたが電話でこの店の名を
                    教えた時から わかっていたの
                    今夜で別れと知りながら
                    シャワーを浴びたの 哀しいでしょう
                    
                    サヨナラの文字を作るのに
                    煙草 何本並べればいい
                    せめて最後の一本を
                    あなた喫うまで、支えてね
                    だけど Bye-bye Love
                    外は白い雪の夜

                    客さえまばらなテーブルの椅子
                    昔はあんなににぎわっていたのに
                    ぼくたち知らない人から見れば
                    仲のいい恋人みたいじゃないか
                    
                    女はいつでもふた通りさ
                    男を縛る 強い女と
                    男にすがる弱虫と
                    君は両方だったよね

                    あなたの瞳に私が映る
                    涙で汚れてひどい顔でしょう

                    最後の最後の化粧するから
                    私を綺麗な思い出にして
                    席を立つのはあなたから
                    後姿を見たいから
                    いつもあなたの影を踏み
                    歩いた癖が直らない
                    
                    Bye-bye Love
                    そして誰もいなくなった
                    Bye-bye Love
                    そして誰もいなくなった


                                詩:松本隆  作曲:吉田拓郎



吉田拓郎が憧れ師としたノーベール文学賞受賞者のボブ・ディラン、時代の流れをつくった孤高の人。 
でも歌詞はそんなに文学的ではなく言葉の比喩と、ストレートな表現のインパクトが強かったような気がします。

♪ 外は白い雪の夜 ♪ 松本隆さんの詩です。
どれだけこの曲を聴き、のたまわったか。 青春時代の自分勝手でろくでもない私の姿が映ります。

「そして誰もいなくなった・・・」






 
こんな、こころ打つアンサーソングの詩を書いた、松本隆さんに私からのノーベル文学賞を。

飲み屋のカウンター、おじさんたちの会話「おまえ、まさかインスタやっんの?」、だぶん同級生の仲間「あれだろ、お湯をかけ3分待つやつ、たまに・・」
軽い返しが、最近のキュンとした出来事でした。
          


# by w-scarecrow | 2017-06-10 05:44 | 映画 | Comments(0)

古里 味噌汁


トントンとまな板の上で野菜たちが刻まれている音が目覚まし時計だった。

母のその音はときにリズミカルであり、鼻歌もまじる。そんな目覚めの朝が昭和の私たちの朝だった。

台所へ入ると鰹節や煮干しの匂いがプンと鼻にくるいつもの朝。 「おはよう」



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ふえるワカメではない塩ふり生ワカメ、私が鍋を持って買いに行かされた豆腐屋のお揚げさんや豆腐の味噌汁。 子供ながら豆腐やワカメの具よりも、アサリやシジミの味噌汁がなにか贅沢で嬉しかった。

長く同棲していた女性は会津出身、お婆ちゃんから数ヶ月に一回ばあちゃん手造りの味噌が送られてきた。
手造り味噌の経験値がないヤワな都会っ子には塩分が強すぎて 『 無理 』と思うがそんなことは口に出せない。
でもこの味噌の味が彼女のふるさと味。

「wさんちの実家にも、少しくれてやろうね」と飄々と言っていた。 クレテヤロウの言葉にびっくりした。会津の方言なんだろうか?
彼女は友達の誕生日祝いも「なにをクレテやろか?」と会津弁で悩んでいた。
" 桃(もも)" と " 腿(もも)" のアクセントはずっと逆のままだった。「わ~甘そう!この腿」

普段から、スイーツ以外の間食はしないし、食も元々細いけどこの2年間で高校時代の体重に戻ってきてしまった。 食べなきゃ。 目標+5kg。
でも発酵食品だけはしっかりと摂っている。

冷蔵庫には大分の麦味噌と仙台・佐々重の(赤系)味噌、信州佐久の米味噌(+白系も)、あとはスーパーで売っている山吹味噌も入っている。
小さい頃の母親の味なのか、煮干しで出汁をとり、ありあわせの具材と各地の合わせ味噌で汁だけはちゃんと作っている。

麦味噌と信州を合わせても旨い。
アンテナショップで買ってきたアゴや真イワシ、うるめ、片口イワシなどの煮干しのどれがどの味噌と相性がいいのか試してみるのも愉しい。

好きな味噌汁の具材は小さい頃から同じで貝類(昆布出汁で)か、茄子の味噌汁、ニラと玉子の味噌汁が頻繁に登場する。

鰹節でも昆布でも産地によって味が微妙に違う、そんな出汁の旅、各地の味噌の旅をしみじみと楽しんでいる。 基本は「各地を上手く合わせると旨い!」


BS・TBSの吉田類の「酒場放浪記」は再放送だらけで飽きてきてしまったが、金曜日の23:30からBSジャパンで放映されている「ワカコ酒」、これが面白い。
上手くドラマ仕立てにされていて、番組とシンクロさせながら私もプシュッと酒を呑んでいる。 心地よいブリッ子さに癒されています。
       



# by w-scarecrow | 2017-06-05 22:28 | | Comments(0)

やぶ、砂場で


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                        大阪屋砂場本店が見える        



「あ~、美味しい蕎麦が食べたい・・」
と、いつものように思うのだがご近所には、腰のない風味もないもり蕎麦をたべさせる店しかない。
丼物や黄色いルーのカレーライスを食べるにはもってこいなのだが・・。

重たい腰をあげて神田や麻布、上野、浅草にある老舗御三家・砂場、藪、更科などの名店まで足を延ばすには荷が軽い。

昔から蕎麦は " 小腹の空いたときに、さっとたぐるもの " といわれている。 

でも小腹の空く時間はだいたい午後3時頃、蕎麦屋はこの時間は中休みに入っており営業中の店を探すのは難しい。

信州や山形の蕎麦屋で出される大きく盛られたもり蕎麦は東京では少ない。悲しいほど軽くそばがザルやせいろに盛られている。

「江戸っ子は寿司と蕎麦で腹をはらしちゃいけないよ」と店主の声が聞こえてきそうである。

昼下がり、慎ましく紳士的なご老人が板わさを肴に燗酒をちみちみとやり、最後に天ざるを食す、そんな粋な画が浮かんでくる。

待ってました!とガツガツしてはいけない、軽~く盛られたもり蕎麦を味わいながら最後の一本までつまんで箸を置く、そんな食べ方をしなければいけない。

亡くなった柳家小さん師匠が言っていた「蕎麦屋でざる蕎麦を食っていたら、店じゅうの客の視線が私に集まって、食いにくいのなんの、そばつゆをたっぷりつけて食べられず、食った気がしなかった」


今日は30度を越すみたいだ。
神田や美味しい蕎麦屋のある町に用があればいいのだが、ない。

歩いて10分、天下の立食い・富士そばがある。ガツガツと蕎麦を食らうにはもっこいだが、たまには香りある蕎麦が食べたい。
聳える富士より、藪や砂場の方が遊び心をくすぐる。

 




# by w-scarecrow | 2017-05-30 12:38 | | Comments(2)

戀 文



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5月23日は誰が決めたか " ラブレターの日 " らしい。

中学生の時からラブレターを「これでもか!」ぐらいに書きしため、この分野では私の右に出る者はいないだろう?!
記念切手を買い、伊東屋へ行って渋いタッチ、かわいらしい図柄の便箋や封筒を買い、夜中に書いたラブレターは寝静まった町のポストに投函する。 朝、起きて読みかえしたら多分、伊東屋の彼女宛てのラブレターは必ず破ってしまうから。



「あなたの懐に飛び込みたい気持ちなのですが、自分も一個の男子としてそんな弱い姿を見られるのは恥ずかしくもあり・・」

体裁ばかりを気にした弱弱しい文面、これを愛人に送ったのが真珠湾攻撃を指揮した連合艦隊司令官・山本五十六である。
軍人としてのプライドを捨てた、清々しい恋文なのかもしれない。



「将来にむかって歩くことは僕にはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは倒れたままでいることです」

こんな真っ暗なラブレターをもらった女性はどんな思いだったんだろう? 〝 変身 ” を書いたフランツ・カフカの恋文。 超ネガティブな人間、結構、母性本能をくすぐるのかもしれない。この線ありかも。



  「ふさ子さん、ふさ子さんはなぜ、こんなにいい女体なのですか」

こんなヒップホップな文を書いた、斎藤茂吉に乾杯! 弟子の永井ふさ子(写真で見るとほんと別嬪さんです)への恋文。


この十数年、ラブレターを書いたことがない。机の引き出しに眠る伊東屋の便箋たちの「早く世に出して!」の声が聞こえる。



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渋谷道玄坂、109裏に " 恋文横丁 " という狭い小路があった。 戦後、進駐軍の兵士のへのラブレターを代筆する店があったところ、今はくじら屋の横に記念碑が立っている。

道玄坂恋文横丁を反対側に渡り、少し奥に入ると " 長崎飯店 " という老舗のチャンポン、皿うどんの絶品の店がある。
先週、TV " 孤独のグルメ " の井之頭五郎がこの店を訪ねていた。
なんか嬉しく、嬉しくて。

大学時代、同じ道玄坂にあるヤマハ渋谷店で輸入盤 JAZZ レコードの新譜の仕入れと補充を任されていた。Rock&Bluesを任されていたのは後々も付き合いがつづく平川雅夫さん。

R&BやBluesの数々の隠れた名盤を教えてもらった。 その後何年も音楽情報交換やよく知る家族の話で楽しい時間を共にした。
平川さんはその後、今や Hip Hop,R&B界の聖地となった Manhattan Records を渋谷宇田川町に創立。

ヤマハでのバイトは夜9時を過ぎて残業をすると店屋物の飯を注文することができた。 私と平川さんはもちろん長崎飯店の皿うどん。 世の中にこんな旨いものがあるのか!と残業の日々。 旨かった~!

19歳からの私に大きな衝撃を与えてくれた先輩は 2014年、故人となった。


Manhattan Records の裏奥に、Guinness Records というレコード屋を開いた瀬場潤、その後、Nujabes (ヌジャベス)といアーチスト名で数々のすばらしき音楽作品を世に送り出した。

2010年、彼も38歳で夭折してしまった。 宇田川町の音楽村、そんな彼らに想いを馳せる。 ありがとう。



Nujabes / Reflection Eternal



渋谷・道玄坂・長崎飯店の絶品皿うどん。松重(井之頭五郎)さんが訪ねてしまったので2,3ヵ月は混むんだろうな~。 潮が引いたころにまた行こうっと。

 


# by w-scarecrow | 2017-05-22 21:49 | そのほか | Comments(2)

サラダ


柳原可奈子風の女の子が少し年上の男と和風サラダをつまみながら呑んでいる。
「やっぱ、男の人って普段、生野菜を食べることは少ないでしょ・・でも重たいものを食べる前に生野菜を摂っておかないと代謝が・・」

どう見ても普段、生野菜を摂る子には見えない。
野菜といってもメインの皿の添え物につく、大きく盛られたポテトフライ。
そして炭酸類(サワー)をガバガバと飲みソーダ。

「レストランへ行ったときはまずサラダバーへ行って・・」
レストラン? そうかフォルクスかガストの食べ放題のサラダバーだ。彼女は間違いなくサラダが好きではない。 ポテトフライが好きだ。

そんなあげ足をとりながら、サラダに想い巡らす。


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美容院で髪をカットされながら、いつもESSEやCREAのお洒落なライフスタイルのページをめくっている。 女性誌しかないので。

四万十川の岩海苔と醤油味のニラ玉に大根と揚げの味噌汁の朝飯。
そんなしみじみっとした私の日常生活(ライフスタイル)ではなく、たまには雑誌から抜け出たようなスタイリッシュな朝食をと、さりげにPapasで買ったシャツでも着て食べてみようと、エッグベネディグトを作ったこともあった。

ベランダから見える風景は六本木ヒルズからの眺めのように一瞬見えたが、向い家の奥さんが物干しに干した布団をパンパンとリズムよく叩いていた風景だった。

お洒落な朝食を作るには時間と食材費がかかる。サラダにもよく知らないカタカナ名の葉っぱものせなければいけない。



20代のころ、アメリカの片田舎のダイナーでエリザベス女王みたいな気品のあるおばあちゃんに大きなボウルいっぱいのサラダが運ばれてきた。
その量にも驚いたが生野菜の上にはカリカリベーコンに蒸し鶏が敷きつめられ、さらに砕いたポテトチップスにシーザーズドレッシングがかけられたサラダが。 「うそっ・・」
新陳代謝を良くする生野菜が、逆効果のように見えた。 THEアメリカ人。


生野菜を摂らなければといつも強迫観念のように頭の隅にある。 温野菜の方がもっと繊維質を摂れんだぞ~とも解っている。

採りたての新鮮な野菜の美味しさを知らない私、不幸にも「美味しい~!」と思ってサラダを食したことがない。

人生の最期の晩餐はぎんなんが3個入った茶碗蒸しと決めている。 最後の晩餐に「サラダ」と答えるのは俵万智ぐらいしかいないと想う。


      ” 「また電話しろよ」「待ってろ」いつも命令形で愛を言う君 ”  俵万智・サラダ記念日より






# by w-scarecrow | 2017-05-17 21:03 | | Comments(0)

一枚の写真




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一枚の写真が世界を動かすこともある。 一枚の写真が自分の未来を変えることがある。

ベトナム戦争中、裸のままパナーム弾攻撃から逃げ惑う少女の写真があった。 世界中に反戦機運を高めた一枚。

天安門事件、天安門広場の戦車の隊列の前に立ちはだかった青年と、彼を轢き殺すことを躊躇した戦車の兵士の一コマ。

シリアから脱出するボートが沈没し、息絶えた海辺の男児の一枚の写真。 化学兵器を使った空爆で父親がわが子の遺体を抱えた痛ましい一枚。
それらの写真が世界を大きく動かした。


   私は東日本大震災の直後、海外メディアで掲載されたこの一枚の写真に言葉にできない強いインパクトを受けた。


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世界を動かす写真ではなく、日常を切りとった一枚の写真に心動かされることも多かった。

明治生まれの写真家がライカで撮った東京の街で生きる市井の人々、戦前から戦後への街の変遷を写真で見ているのも楽しかった。
戦中生まれのカメラマンが撮った熱き学生運動の挫折と痛み。
戦後生まれのフォトグラファーが撮ったサイケデリックで空虚な写真、行き場ない若者たちの表情。
どの時代の写真も強く焼きついている。


山口県で作陶されている大中和典氏のざらついたカップで飲むミルクティー、ホッするひととき。ホッ178.png

陶芸作品でも絵画でも工芸でも、音楽、映像でも、自分には持ち合わせていない表現やインスピレーションを持つ作家さんすべてに嫉妬をしている。
高名な作家さんの全く隙のない作品には心がどうしても動かない。全く嫉妬しないから。
嫉妬すること、どこかさりげない作家の主張に通じるものを感じられるからかもしれない。 そして自分が凡人であることの確認。

10数年前に出会ったイギリス人写真家 Michael Kenna (マイケル・ケンナ)の風景写真。 今でもこころ癒されている。


# by w-scarecrow | 2017-05-12 14:56 | そのほか | Comments(2)

習い事


ゴールデンウィークの最終日、成田空港に降り立った家族連れ、疲れきった様子でTVのインタビューに答えている。
定番の子供への質問「ハワイはどうでしたか?」「たのしかったっ」「一番楽しかったのはなんですか?」「ラーメンがおいしかった・・」

子どもたちは疲れきっている。
日々、スイミングや公文、ピアノにバレー、リトミック、サッカー、英会話、学習塾、彼らの一週間はマツコDX並みのスケジュールが組まれている。
外で近所の仲間と遊ぶなんて経験をしたことがない。
少子化対策? 一人の子で私の生活費の何倍もの教育費がかかるのだから二人、三人と子どもを持つのはとんでもないこと。



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                          センターがわたしです


★私の小学校低学年、

近所の年上のお兄ちゃんたちが下校するまでは、缶蹴りも戦争ごっこも三角ベースもできず、アリンコの巣の穴を埋めたり仕立て屋のおばちゃんちで煎餅にお茶をいただき一緒にラジオを聴いていることが多かった。
三番目の兄の命令で白金三光町の愚連隊が攻めてくるので、泥団子を作っておけ!と渋々命令に従っていた。
一日が長かった。

★小学校中学年、

近所にあった " 劇団ひまわり " に稽古に来ている年の近い女の子たち、その中にはTVに出ている子もいてその姿が眩しくて眩しくて。
「僕もひまわりに入れて・・」と恐る恐る母に進言。「なにバカなこといってるの」の一言で終わった。

こんな大勢の家族がうろうろしている家はヤダ!と「僕、6年生が終わったら高野山のお寺の坊主になるから」と断言。

★小学校高学年、

TVでウィーン少年合唱団の透きとおるような声を聴き「お願いがあるんだけど、僕をウィーンに行かせてください!」決死の想いを伝えたが「この前は高野山、今度はウィーン?男はやりたいことがあるのなら一本に決めなさい」

少年野球だけはものたりず、調布のリトルリーグで硬式の野球をやりたいなど懇願したがすべて「よそんちはよそんち」で終わってしまった。
息子の限りないポテンシャルを軽~く消されてしまった。

初めて許されたのは中学3年生のとき、受験に向けて私の数学のレベルは小学生と変わらなかったので夏期講習だけでも受講させてと頼み、やっと塾というものに行かせてもらった。
楽しかった。勉強って面白いんだとやっとのことで知った。


昭和の時代、商売をしている家は別として多くの家庭は専業主婦。お父さんの月給だけて子供が3人も4人もいる家庭を養ってきた。
外食なんて法事のときくらい、兄弟の着るものはみなお下がり、従弟の服もあった。
豆腐と納豆と山芋、コロッケ、ライスカレー、魚の干物、たまに豚肉のすき焼き、今想うとつつましかった。母が支えていたのかもしれない。

さきほどご飯が炊けたピーという音が鳴った。
つつましい夕食、¥191の豚レーバーに¥37のもやし2袋、ちょっと高い¥138のニラを買い、レバニラとおかめ納豆のメシ。¥500を切る食材で2日分の夕食です。
レバーの下味に軽く五香粉をふると、少しだけ中華街の味。



# by w-scarecrow | 2017-05-08 21:45 | Comments(2)

はじまりの唄



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♪ うさぎ うさぎ なに見てはねる 十五夜お月さま 見ては~ねる ♪

まんまるなお月さま、目を凝らして見てごらん。

影絵のように餅をつくうさぎがいるんだよ。 周りの子たちもみんなうさぎが見えるという。

「ぼくにはそう見えないけど」と小さな声で囁く孤独感。



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作家の藤沢周平さんは " わんこそば " が苦手だった。

お代わりを勧める掛け声がどうしても好きになれなかったらしい。
太平洋戦争末期、軍国少年だった藤沢氏は級友たちを誘い予科練を志願した。 級友は無事帰還したが、熱気の去った戦後、「私も加害者だった」と深く悔いた。
煽ることがどれほど罪深いか。わんこそばが苦手なのは掛け声がかつての「煽ること」への記憶を呼び起こすからという。


「空」という漢字は小学一年生で習う、教室の窓から見える真っ青な空に向かって大きく書いてみる。

「母」という字は私たちの始まりの場所、広くてやさしくて海みたいなもの。


巨大な戦闘能力を備えた空母は教室から眺めた「空」でもなく、やさしい「母」でもない。

ミサイルが発射されたとのことで公共交通機関が止まった。
毎日TVでは「いつミサイルが発射されるか?」の異常なまでの過剰な報道。
小学生までも「明日、みんな死ぬかもしれない」と言いあっているらしい。

危機を煽ることで、誰が間接的に得をするんだろう? 歴史は繰り返す。 


「空」と「母」って素敵な字なのにね。

激しい雷雨の後、めっきり肌寒くなった。 スピーカーからは 大橋トリオの





♪ はじまりの唄 ♪ が流れている。


五月に入った。 




# by w-scarecrow | 2017-05-01 20:17 | そのほか | Comments(2)

パペポ

                         
 
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                  はじまりというのは
                  何かを始めること
                  そう考えるのが 本当は順序かもかもしれない
                  しかし実際はちがうのでは
                  はじまりというのは 何かを始めることことよりも
                  つねに何かをやめることが
                  いつも何かのはじまりだと想う



やめてからはじまるこもごも。

夜中に ” 鶴瓶の家族に乾杯 ” の再放送が流れている。 今も日本酒を呑みながら鹿児島の港町の人々の風景を楽しんでいた。
もう何十年前になるんだろう、関西ローカルの ” 上岡龍太郎と鶴瓶のパペポ ” という番組が深夜に流れていた。
水と油のキャラクターの芸人二人の掛け合いを深夜に笑いを凝らして観ていた。

あれから何十年、国民的老人たちのアイドルになってしまった鶴瓶。

いつも変わらぬ芸風に飽きてしまったが、それはそれで・・THE 鶴瓶。

何十年も前、上岡龍太郎が言っていた「なんで銀行のATMで人の手も借りず振り込みをしているに、手数料が取られるのか納得いかない。あの何十秒の作業で100何円もの機械の電気代はかかへんやろ、おかしかない?」

なんで自分の預金を引き出すのに手数料がかかるのかが解らない、お手数かけてないのに。

ゴールデンウイークがやってくる、NHKのニュースではゴールデンウィークは「大型連休」と呼ぶ。
MJB、メジャーリーグ野球のことは昭和9年ベーブルース、ルー・ゲイーリークの来日以来いまだに「大リーグ」よ呼んでいる。 
誰もがメジャーと呼んでいる時代に「大リーグ」。 誰がいつ変えるんだろう NHK?!

うちの老母のとこへ訪ねてくれないかな、鶴瓶さん。東京の街中は無理かなっ。気が向いたら・・。
                                   
                          


# by w-scarecrow | 2017-04-28 04:19 | そのほか | Comments(4)

くずもち

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ラジオで「あなたの好きな漢字二文字は?」 と街頭でインタビューをしていた。

「平和」「忍耐」「希望」など習字の手本のような文字が聞こえてきた。

私は間髪入れず「女湯!」とラジオに返した。 

小学3年生くらいまで姉につれられ銭湯の女湯に入っていた。 同級生の女の子と出逢った気まずさ。

ケロヨンの桶ではなく木の桶の時代。

美味しい、くずもちがたべたい。 いつもそんな食べたいものばかり書いている。

食べたい!



# by w-scarecrow | 2017-04-25 01:04 | そのほか | Comments(0)

素敵な笑顔


渋谷駅西口の再開発、思い出多き一帯が消えてゆく。
千円札一枚でアサヒビールの大瓶2本とタコぶつの刺身でお釣りがもたえたころ。

いつも行っていた " 山形 " という居酒屋、奥の宴会で飲み残したビールをサッと、店員のおじさんが私の席の横に並べてくれた。
「がんばれ、若者」とでもいいたげに・・。 「いいから呑め」の優しい無言の合図。 



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この人の笑顔がいい。
目尻が、髭が笑う。
アニメ監督の宮崎駿さんの顔のつくりが全部笑っている。

宮崎さんは児童文学から大きな影響を受けてきた。
最も影響を受けた作品は、思春期の少年たちの世界を描いたケストナーの「飛ぶ教室」という。
ヒトラーが台頭する時代、「何が正しいかを判断しようとするとき、途方もない困難に出会う。そんなときどれだけ自らの存在を懸けてぶつかってゆくこそが人生だ」と暗黒への時代と向かう世界への警告。

宮崎作品に通じるものがある、普通に生きているのに、大きな力にさらされ迷路に入ったように生き惑う。
そして惑い葛藤したとき、やがて今までの暮らしへと・・・。
日々の営みが無性に愛おしく思える。

あの優しい髭の監督の笑顔の裏に風潮に、時流に流されてはいけないという強いメッセージがいつも含まれている。

ケストナーの時代と同じく宗教、人種、民族、今の欧州の大統領選でも同じ、きな臭さが感じる、排除の論理。


宮崎駿監督と同じ映画の世界で育ってきて、決して曲げない信念に敬服する。
映像で携わった物造りの被写体の人たち、一途な(アーテイストではなく)職人たちと出逢ってきた。

時流に流されない粋な職人たち。  




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衣替えの季節になった。
桜の花の塩漬けの桜茶を飲んで春を味わった。

そろそろ新茶の季節となってきた、寅さんが生きていたなら柴又へ帰って草団子を食べてひと悶着を起こす季節になってきた。

食いたっ、草団子。 大好きな滋賀の煎茶朝宮茶と共に。






# by w-scarecrow | 2017-04-22 04:41 | 映画 | Comments(0)

ピエロ



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                   散る桜 残る桜も 散る桜


この春はソメイヨシノの見ごろが長かった。 葉桜になってもシュンとした花びらを落とさずにいる元気な木もあった。

近所の公園の大きな桜の木の下で、20代の青年がひとり缶チュウハイを呑みながら天を仰いでいた。 私は離れたベンチで WONDA を飲んでいる。 

「ロック、やってます!」みたいな風貌と仕草。 「いいね、ずっと尖がっていけよ!」と心の声。

そんな彼もこんな私も、心の底を叩いたらどこか悲しい音がするのかもしれない。 今、ひとときの優しい響き。

この世は一つの舞台で人は役者にすぎない。 
だとすれば人を笑わせる側でいたい。

ピエロの頬を伝う哀愁のある涙の化粧も、滑稽さの裏にある人生の対比なのかもしれない。

どんな舞台の脚本を書くのか、どれだけ周りの人々をしっかりと捉えて描けるのか、主人公のキャラクタライズはそれを固めてからでないとできない。 


彼の2本目の缶チューハイのプシュッという音が聞こえた。

『 オッサン、解ったような顔すんなよ!』と缶コーヒーのCMみたいな情景。

そうなんです、寺山修司の " 書を捨てよ 町を出よう " を、もう一度読みかえさなければ・・。

『 がんばれよ、オッサン 』 「俺のことか・・」と、桜の下の無言の響き。


潮風を感じる町に住みたい。 あおさの味噌汁が飲みたい。




# by w-scarecrow | 2017-04-17 23:24 | そのほか | Comments(0)

言葉


笹塚にある中村屋東京工場横を通る、工場入口前には肉まん、あんまん、伝統のある中村屋のカレーの缶詰を置く売店がある。



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              6年前の3月11日、福島県で被災した10歳の男の子が書いた詩が心に残る。


                  強い地震の中 
                  「大丈夫だよ 絶対」とお母さんが言った
                  その言葉で少し 落ちついた
                  まるでま法の言葉だった
                  停電で暗い中
                  お母さんは笑っていた
                  いつも 「大丈夫強いんだから」と言っていた
                  ま法の言葉を連発した

                  震災から一ヶ月後
                  お父さんが東京から帰ってきた
                  お母さんは泣いた
                  お父さんの顔を見て 涙を流した
                  頑張った涙
                  お母さんが 頑張るま法から解放された涙
                  ま法つかいのお母さんは
                  この時から 震災前のお母さんに戻った
                   
                  今度は ぼくがお母さんを守る
                  ま法つかいにならなくても
                  強くなって ぼくはぼくのままで
                  お母さん そして家族を守る



震度7を2回も記録した熊本地震からもう一年が経とうとしている。

「一年ってあっというまに過ぎてしまう」など言う不届き者の私。 被災された方々はどれだけ長い一年だったんだろう?
絶望から希望へ、どんな指針が被災者の糧となっているんだろう?

原発事故で故郷を追われ、全国に居を移し慣れない土地で暮らしている被災者の方々、その子供たちに浴びせる残酷な言葉。
不確かな情報や差別やデマを大人たちの会話から耳にする、いじめる側の子供たち・・。

道徳の授業が復活する。
受けるのは小学生ではなく、大人たちの方かもしれない。


タケノコご飯を作りたかったが作物の裏年のため、タケノコの値段が高く諦めた。
500円分のアサリを買って深川めしにした。 3日間分。 炊き込みご飯は不思議と飽きない、おかずは少しでもいいから助かる。




# by w-scarecrow | 2017-04-11 22:08 | そのほか | Comments(6)