winter's scarecrow

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久留米絣

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            日本人を包んできた織物、その素朴な模様や風合いに顔を寄せてみる

            どこか少しかすれている

            そんな古の郷愁になぜか惹き寄せられる

            伊予、備後と並ぶ絣の三大生産地、久留米絣



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木枯し1号が吹いた日、久留米絣のはんてんが届いた。

10年以上着ていた江戸火消し柄のはんてんは継ぎはぎだらけ、すぐに綿が顔を出してくるので「ご苦労さま」とこれまでにした。

久留米絣のフリーサイズのはんてんは中々奇抜な柄の面白いデザインのものが多かった。 
でも大判の LL サイズのものは選択肢がぐっと少なくなる。
そんななかで久留米絣の特徴的な柄のものを選んでみた。


綿入りはんてんを見るとすぐに頭の中にフォークソングが流れてくる。 四畳半で炬燵を挟んで青と赤の綿入れを着た男女。

温州みかんのヘタまできれいに剥かれたみかんを手渡すリンゴ頬っぺの女学生、彼女の後ろにはビニールのファンシーケース、白い収納ボックスの上に置かれた鏡の前にビューラーと口紅。

鴨居には彼氏の一張羅の米軍払下げのアーミージャンパーが掛かっている。
窓を開けると神田川ではなく、隣のアパートのモルタルの壁。

TV のニュースで流れるハロウィンの仮装パーレードの男女の風景を観ながら、ちょっとだけノスタルジックになってしまった。
by w-scarecrow | 2014-10-28 08:12 | そのほか | Comments(4)

運命の日

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TV でもラジオでも街中でも

「マジっすか」 「リアルに・・・」が氾濫している。 リアルの反対語ってなんだろう?
unreal, virtual, imaginary・・・・「リアル(マジ)に美味しい」 「リアルに(マジ)感動した」 会話に imaginary が全く感じられない。

進化する日本語におじさんたちはいつの世も物申す。 反面、「ばたんきゅー」とか「ちょめちょめ」「パーマ屋」「そろそろドロンする」「ばっちグー」と未だに死語を大事に使っている。

              " 流行をいみ嫌うものは時代に嫉妬しているのだ " 三島由紀夫


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今日は待ちに待ったプロ野球ドラフト会議、夕方5時から指名終了まで各地チームの指名を追いかけていた。
わが横浜(DNA) Baystars は恒例の一位指名クジを外し、あとは事前の予想どおりの指名。 素人の予想が当たるくらいだから強くなれない。


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1966年のドラフト会議、大学の進学率がまだ10数%だったころ18歳の少年は学生野球の聖地、神宮のマウンドに憧れていた。
4球団競合で指名権を得た阪神のスカウトは、プロには行かないとの少年の決意に「まあ、プロに来ても戦力になるとも思わんが・・」と捨て言葉を吐いた。 少年はその言葉で母親ゆずりの負けん気に火がついた。
シーズン401奪三振、オールスターの9者連続三振の金字塔を立てた左腕、江夏豊の48年前のドラフトだった。

大洋のエースだった平松政次、星野仙一、広島の左のエース大野豊、母子家庭で育ったエースや名選手が多くいる。

今世紀に入ってまだ優勝のない(殆どがBクラス) Baystars が日本シリーズに出場することになったら・・・・憧れの横浜・ホテルニューグランドの一番安い部屋に宿泊しシリーズ観戦、試合後、マッカーサーも立ち寄ったあの厳かなBar で豆でもつまみながら一杯やるのが私の夢だ。
by w-scarecrow | 2014-10-23 20:57 | 散歩 | Comments(0)

一汁一菜とおまけにもらった小がんも

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食が細くなってきた。
蕎麦屋でカツ丼を平らげる自信がなくなってきた。 それでもナポリ pizza なら L サイズ一枚半は食べられる。
1,2歳のころ「おいちい」ではなく「ボーノ」と言ってたかもしれない。

四男の私が小学一年生、長男が大学一年生、その他大勢のわが家の食卓には、鰹の干物をもどした " なまり節 " の煮付けとイワシの目刺しが週に何度も登場した。 子供食ゼロ。
そんな大人飯が嫌いだった。

ワカメの味噌汁の汁椀の底に煮干しが泳いでるのが嫌だった。 糠漬けじゃなくてサラダやポタージュスープが食卓に並ぶ自家用車のある家庭に生まれたかった。

今は全く逆になった。


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週3回、お豆腐屋さんが昔ながらのリヤカーを曳きラッパを鳴らし、わが町を廻っている。
「豆腐2丁に生揚げとがんもを1つづつ」がいつものパターン、するとオジサンはいつも小がんもを2つおまけにくれる。
オジサンの目には、なにか人生に疲れているように映るのか、父子家庭のやるせないお父さんに見えるのだろうか?


イタリア人の目には日本人は絵を描くのが得意で毎日寿司を食べていると思っている人が多いらしい。 私たちもイタリア人は毎日、ピザ、パスタを食べてあたりかまわずナンパをしていると思っている。

江戸時代、長屋の住人たちは朝に一日分の飯を炊き、熱いご飯に汁と漬物を食べ、暮れ六つのころになると男は湯屋に行き、一風呂浴びて夕飯にはアジやこはだを食べるのが一般的だったらしい。

フランスやイタリアの朝食は甘いものを食べるのが伝統的。
朝からクロワッサンやパンオンショコラ、ラスクにカプチーノやエスプレッソ、そんな元女子アナたちのパリ暮らしもお洒落でいいな~と想っていた。

今は躰がボロボロになってきているのでお洒落なブレックファーストは要らない。
具だくさんのスープや味噌汁、二日酔いの内臓を復活させてくれる中華粥が食べたくなる。
by w-scarecrow | 2014-10-17 20:50 | | Comments(11)

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この2日間はノーベル物理学賞、青色発光ダイオードの「青」を創り出す難しさについて各局で解説をしていた。
「ふーむ」と聞いていたが、理数系音痴には馬の耳に念仏。

"青"

初めての欧州での仕事でイタリア・ミラノへ行ったとき、仕事が終わってホテルへ帰る途中にショウウインドウに飾られていた布地のショルダーバック。 毎日横目で観ながらの帰路。
イタリアンブルーの眩しく鮮やかな色に一目惚れした。
Missoni にというブランドだった。 たった一つの買い物。

生まれて初めての海外はアメリカコロラド州デンバー、インディゴブルーのエスニックな風合いのシャツを買った。


"青"

フェルメールのブルー、ゴッホやモネの目を釘付けにさせた歌川広重の "青" 。 ベル藍(ベルリンブルー)

「智恵子は東京には空が無いという・・・」(智恵子抄)、そんな空の下で育った私の青の概念と沖縄で育った人の青、カナダで育った人との青は記憶と経験値でそれぞれの青がある。

私の母の世代は "緑色" のことを青と呼ぶ。 漢字の"青” や中国語としての青も実際は緑を意味することが多いみたいだ。
" 青梗菜 " " 青果 " 等々。

日本国民のヒーロー長嶋茂雄は "鯖" のことを「サバは魚へんにブルーと書く」と説明していた。 インフルエンザのことは「インフレ」と呼んでいた。


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子供を叱るお母さんが「××ちゃん!だめ!」と言うとき私の名前が登場することが多々ある。

今日も下北沢のユニクロのエスカレータで「Wちゃん駄目よ!駄目!」とエスカレータを駆け上がってくる子供が叱られていた。

「Wちゃん、駄目よ!駄目!」、私も振り返ったがホップ~ステップで止まったようで何か腑に落ちない。

漫才コンビ " レッツゴー三匹 " が舞台に出てくるときの馴染みのセリフ「どうも~、じゅんで~す、長作~です、(・・・三波春夫でございます)」の「三波春夫でございます」が抜けたような気分だった。

「Wちゃん、ダメよ~ダメ、ダメ」まで言ってほしかった。


『前略おふくろ様、秋めいた日々、こんなつまらなことを考えている毎日です』
by w-scarecrow | 2014-10-11 22:33 | もの | Comments(6)

目覚めのよい一日

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酒を呑んだ帰りに LAWSON に寄り " 雪見だいふく " を買い、部屋に帰りドアを開けると満面笑みの常盤(貴子)ちゃんが立っていた。
手に胃薬は持っていなかった。
蒸し器の蓋を開けると大好きな茶碗蒸しから湯気がたっていた。 「銀杏入ってる?」「もちろん、3個入ってるよ、早く食べよう!」

そんな夢をみた。
今朝の目覚めはバッチリ、つづきはみれなかった。


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常盤ちゃんは兵庫県出身だと思っていた。
兵庫県出身というと浅野ゆう子、藤原紀香、壇れい、南野陽子、北川景子とパンチのきいたA5ランクの霜降り高級牛みたいな女優ばかりだと思い込んでいた。 芦田愛菜ちゃんも兵庫。
常盤ちゃんは横浜生まれで兵庫に住んでいたのは小学校から高校までだったらしい。

バレーの木村沙織、榮倉奈々、寺川綾(背泳ぎ)、杏ちゃんみたいな色気のない女性が好きなのだが、霜降り系もいいかもしれないと小田急線の中でひとり頷いていた。


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今夜は皆既月食、こんな夜は、さかなクンと柳原可奈子と高田純次とで東の空を見上げながら一杯やりたい。
by w-scarecrow | 2014-10-08 19:56 | そのほか | Comments(4)

Hong Kong

朝からの強い雨。

一日中、家に閉じこもっていることができない子供のように、雨間をぬって外に出るチャンスを窺っていた。

すべてのことがメールで済む時代になって煩わしさがなくなったが、こんな雨の日は携帯の着信音 ♪ 六本木心中 ♪ や固定電話の ♪ Amazing Grace ♪ が鳴らないかとつい電話機を見てしまう。

いつもは全く出ないセールスらしき電話も今日だったら、話し相手になってあげるのになぁ。

誰か「Wくん、あ~そぼ」と外から声がかからないかなっ。


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昼ごはんはチーズクリームのレトルトのパスタソースがあったので、冷蔵庫にあるちりめん山椒と大葉を混ぜ合わせた。 
結構旨いんです。


啓徳空港が香港の空の入り口だったころ、パトリック・タム監督の映画制作で初めて香港に滞在した。 
空港から街中まで中華料理の香辛料の匂いがどこかしこに沁み込んでいるのを感じた。

おもちゃ箱をひっくり返したような歴史ある街の猥雑さ人々のエネルギーが、心の中の空白部分にぴったりとピースがハマった。

香港返還前に許鞍華(アン・ホイ)監督と普段は全くしない政治的な話をしたことがあった。

90数パーセントの漢族が残りの少数民族を支配している本国、「マイノリティーの人々のアイデンティティーを奪おうとする国家はいつか崩壊する」とアンは私の目を見て言っていた。

「返還前に移住することは考えてないの?」
「もう、若くはないし、どう変わっていくか自分の目で見つづけていたいの」

そんなアンの言葉を想い浮かべながら雨傘を持ち失われゆく権利を取り戻そうと集う若者たち、彼らに同調した市民たちの画をTV で観ていた。
1997年以前の香港、欧米では感じることがなかった、もともとの漢族が持っている大らかさ懐の広さ、少しばかりデカダン、あの自由で開放的な" Hong Kong " に大きなエネルギーをもらった。

客家(はっか)と呼ばれた漢族の源流の流れを汲む人々がいる。 
彼らの流浪の歴史、孫文、鄧小平、李登輝、侯賢孝(台湾・映画監督)、余貴美子(従妹の范文雀)等々、客家である人々の民族性の源を遡るのも発見がある。
by w-scarecrow | 2014-10-05 19:58 | そのほか | Comments(4)

御朱印帳

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物事は形から入る。
15,6歳のころ、いっぱい小説を読まなければ立派な大人になれないと思い、まず小説を読み始めるのではなく、近代日本文学史や評論集から読み始める。

作家がどうやって生きてきたかを探って、グッとくる作家を見つけ短編から読みだす。
そのころのさじ加減は長生きした大御所の作家ではなく、夭逝した作家。
そんな遠回りをしてから、やっと辿り着く。

今、流行の御朱印帳を持っての寺社散歩。 
フットワークも良くなるのでやってみよっと去年から考えていた。
まずは格好いい御朱印帳、amazon の通販で買うのはもっての外、女子たちに人気のあるパステル調のひらひらした装丁のものはおっさんには似合わない。

調べて候補に上ったのは千葉県の櫻木神社のインパクトのある桜模様の御朱印帳、映画の中で高島礼子が着ていた着物の柄のよう。
もう一つは自由が丘熊野神社の草木染のやさしく穏やかな御朱印帳。

空に浮かぶひつじ雲を数えながらの寺社散歩。 まずは自由が丘熊野神社で御朱印をいただこうと思う。
でも今は神無月、神様たちは出雲に帰省しているので、ひと月待った方がいいのかも。
「早く、帰っておいで・・・」



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お寺さんの御朱印帳は高台寺、東寺のものがなかなか渋い。 でも京都まで行かなきゃ・・・。 
by w-scarecrow | 2014-10-01 20:27 | 散歩 | Comments(6)