winter's scarecrow

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24時間闘えますか ♪

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街のビルの壁面ガラスに反射する光の渦で蜃気楼の中を歩いているようだった。 ラクダが歩いててもおかしくない。
カルピスウォーターの自販機を探したがcoca-colaばかりなので、たまには奮発をしようと思い薬局でユンケル黄帝ゴールドを一気に飲んだ。

♪ 24時間闘えますか! ビジネスマン、ビジネスマン~♪ を心の中で歌いながら飲んだが、この歌はユンケルではなく" リゲイン " のCMソング、いつも勘違いをしてしまう。
先日、ニュースで初めてルクセンブルグの首相を見た、人は良さそうなんだが覇気がない、ユンケル首相とテロップが出ていた。
去り際なのかもしれない。

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今朝、5時過ぎに目が覚めてしまった。

夜に塩分の強いものを食べると、喉が渇き早朝に目が覚めてしまう。

昨夜はアンチョビがいっぱい入った pizza をたらふく食べてしまった。

朝食にパン類は食べたくなかったので、暑さもあってそーめんにした。



なす、キュウリ、みょうが、さっと茹でたオクラさんを

サイコロ状に切り、10分間塩水に漬けてそーめんにのせた。


24時間闘うのにはぴったしの朝食。




【アロン・サイス(益子)黄瀬戸深鉢】

午後2時過ぎ東京は35度、ユンケルが少しは効いたのか炎天下の中食欲がわいてきた。
ガツンと辛くてお財布に優しいものが食べたく、coco壱でハンバーグカレーを激辛で食べた。

隣りのカップルの女の子がショートカットで広末似だったので、緊張の汗が流れてきた。

フライドチキンカレーを食べていたEXILE 風の彼氏が「ウォー、ウマイヤ・キャリー」と旨そうに食べていた。
オフレコで「カライヤ・カリー」とひとり呟いた。

広末似の彼女、藍紺の朝顔柄の浴衣を着て、郡上八幡の夏祭りを団扇をフリフリ歩いたら似合うだろうな~と妄想しながら、ご飯粒を一つ残らず平らげた。
by w-scarecrow | 2011-06-29 20:54 | 食 + うつわ | Comments(6)

une clef

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TVのデータボタンを押し地域別(渋谷区)天気予報を見ると、12時からは☂マークが連なっていたので早めに家を出た。
新宿ハルクの地下で刺身とアサリ、野菜を買い、ビックカメラでDVD-Rとプリンターのインクを買い、ドラッグストアーで正露丸と太田胃酸、キンチョールを買った。
伊勢丹の前からバスに乗り表参道まで行った。 バスの中でこれ見よがしにキンチョールを出してみたい衝動にかられた。

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以前から気になっていた " une clef " の焼き菓子の販売会がキャットストリートにある『かぐれ』で催されている。
売り切れ次第で終了なので開店時間の11:30にお店に到着、今回はマフィンとスコーンとクッキーの販売会。

une clef = " ユヌクレ " と読み、フランス語で『鍵』という意味らしい。2010年1月にパンと焼き菓子のユニットとしてスタートし、不定期ながら『かぐれ』の表参道店、丸の内店で月に1度のペースで販売会がある。

" 檸檬とバナナのマフィン " 、" ほうじ茶と黒豆とホワイトチョコのマフィン "、" 黒糖胡桃のスコーン " を購入。
どれもがホント美味しく、録画をしておいた『美の壺』2本を観ながら食べてしまいました。
ほうじ茶風味のマフィンの中にホワイトチョコが入っていて、これがベストマッチで★★★3つ~と声に出してしまった。

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『かぐれ』で毎週土曜日限定販売の、江東区にあるふれあい工房「ゆめま~る」の " カシューとチェリーのカンパーニュ " 、家に帰ってすぐにレタス、ハム、チーズを挟んで食べた。
ふんだんに入ったチェリーの甘酸っぱさとカシューの香りが堪らない、久しぶりに旨いカンパーニュを食べた。

刑事コロンボのピーター・フォークが亡くなった。 ジョン・カサベテス監督の「こわれゆく女」では抜群の演技力を見せてくれた。
「ベルリン天使の詩」ではそのままの陽気な元天使役を演じていた。
いつも思っていたが、ロスという温暖な土地で季節に関係なくコロンボ警部にヨレヨレのコートを無理に着させたキャラクターライター、監督はすごかったなと思う。
by w-scarecrow | 2011-06-25 17:58 | | Comments(4)

手紙

東京は31℃を超えていた。
帰り道、こんな日はバスに限る。

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一番好きな運転手さんの横の一人席はツルツル頭のお爺さんが陣取っていた。
仕方なく最後尾の席へ。

子どもと一緒で窓から道往く人々を眺めるのが好きだ。 出来れば靴を脱いで窓に覆い被さるようにして眺めたい。

電話会社の人がクレーンに乗り電柱の太い電線を直している。 女子高生たちがパンを食べながら夢中で喋り歩いている。
自転車に乗ったネクタイをした男が片手で携帯をいじりながら人通りの多い舗道を勢いよく走っている。
キャリーバックを引いたお婆さんが10mくらい歩いては止まり背筋を伸ばし、また歩いては止まっていた。

私の隣りでは私立小学校の制服を着た低学年の女の子がドリルをやっている。 
「ねえママ、ここ教えて・・・」とお母さんに訊いている。

バスの中でもお年寄り以外は皆、下を向き携帯を覗いている。
「ねえ、これが終わったら、おばあちゃんに手紙を書いていい?」
「バスは揺れるから、ちゃんと書けないでしょ」
「じゃあ、おうちに帰ってから書いていい?」
話を聞いていると買ったばかりのお手紙セットがカバンの中にあるみたいだ。
カバンの中から取り出そうか迷っていた。

涙腺が弱くなってきたせいか、子どもが「おばあちゃんに」とか「おじいちゃんに」と言葉を発するだけで目頭が熱くなる。

手紙を書くことが少なくなってきた。
若者たちの殆どがラブレターを書いた経験がないらしい。
私なんかはギネスブックに登録されるくらい書きまくった。

今は2ヶ月に一度、宮崎の病院に入院をされている80代のお婆さんに便りを送っている。
以前はこのBlogを読んでくれていた。
あ婆さんの生まれ育った町や風景、嫁いできて暮らした家や家族のこと、娘時代の淡い思い出、孫たちへの温かな眼差し・・・・一文字一文字を丁寧に自分の歩んできた道を確認するかのように綴っている。

花にうとい私が撮った季節の花の写真を毎回同封している。
ひとりでも喜んでくれる人がいれば、花を見つけてシャッターを切るのが愉しみになってくる。
バスで隣りに座った女の子も、手紙を受け取ったおばあちゃんの笑顔を想い浮かべ、買ったばかりの便箋に想いをこめていることと想う。
by w-scarecrow | 2011-06-22 21:50 | 散歩 | Comments(2)

酒呑みのよき友

梅干とひじきを入れご飯を炊いた。 温かなご飯に大葉をパラパラとふる。

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【広川絵麻(高知)飯碗】

梅の雨、梅雨の雨に打たれ実を肥らせる梅、十分に大きくなり色づいた梅の実を塩漬けにし、梅雨が明けた夏の太陽の下で天日干しにする。
6月の下旬から7月にかけてが収穫の時期らしい。

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朝ごとに
つまみとりて
いただきつ

ひとつづつ食ふ
くれなゐの
酸ぱき梅干

これ食えば
水にあたらず
濃き露に卷かれずといふ

朝ごとの
ひとつ梅干
ひとつ梅干

     若山牧水




【金井啓(群馬・渋川)蓋物、古川章蔵(奈良)小皿、佐々木好正(山梨)湯呑】

私と同じ、それ以上の酒呑みの牧水、大酒を呑んだ翌朝は辛かったんだと想う。
二日酔いの躰に、軟らかく炊いたご飯と一粒の梅干をかきこんだんだろうな・・・。

牧水の生まれた宮崎県東郷町で、私も二日酔いで荒れた胃袋に無理して梅のおにぎりを流し入れたことがあった。
牧水の生家での早朝から晩までの撮影、全く仕事にならなかった。
一緒に呑んだ九州人たちとは肝臓の作りが違うのかもしれない。みんなシャキシャキ仕事をしていた。

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【久野靖史(愛知・三好町)プリーツ楕円皿】

えのき茸をサッと茹でて、梅干、ミョウガ、そばつゆの素で和えた。 清涼感があってうっとうしい季節にもってこい。

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【荒木義隆(京都・山科)灰釉粉引小鉢】

じゃがいもを梅マヨネーズで和えただけ、マヨネーズだけだと躰に申し訳ないので梅干の酸味を加えた。

豚肉の生姜焼きの、生姜の代わりに梅干で作ってみたらこれまた美味しかった。
レバー炒め(焼き)も梅醤油に漬けて焼いたら、レバー臭さもなくなり白いご飯が進んだ。

今年収穫した梅が初秋に梅干となって出荷され始める。
塩分10%以下の蜂蜜や昆布やカツオの出し汁に漬けていない、白梅を食べるのが愉しみである。
でも未だに「これだ!」という梅干しが見つからない。 
by w-scarecrow | 2011-06-18 21:50 | 食 + うつわ | Comments(8)

Tea Pot

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昨年の5月以来の、年に一度の東京での大中和典さんの展示会。
昨年と同じくポットを購入した。
煉瓦色のポット、立ち姿が新橋駅あたりの酔っぱらったオジサンみたいで愉しい。

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小田急線東北沢にある Patisserie Le Pommier でパティシエのF.マドレーヌさんが作ったマカロンを買ってきた。
以前「モンブランを一つください」と言ったら、「はい、シャモニーですね!」と笑顔で対応してくれた店だ。
モンブランと呼ぶのは日本だけみたいだ。 大久保あたりでは「モランボン」と呼ぶ。

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昨秋、青山の" うつわ楓 ” で購入した大中さんのポット。
北海道美瑛の丘の上にコロコロと転がっている牧草の塊みたいな色で、ミルクティーに合うかもしれないと想った。

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注器が好きだ。 ティーポット、片口、急須、宝瓶、鉄瓶、
ジョウロ・・・・。

お茶を淹れる順序だった儀式みたいなことが、なぜか愉しいみたいだ。
火に油を注ぐ、恋愛で悩んでいる人に「いい奴だと想うけどな、絶対!」と会ったこともない人を褒めて、恋心に油を注ぐのも好きみたいだ。


外は梅雨の暗い空、谷川俊太郎の詩に

「てんきのいいのは ふゆかいである
そらがぬけるように あおく
そよかぜがふくともなく ふいているのは
ひとをばかにしているとしかおもえない (後略)」というのがある。

そんな人をバカにしている季節があとひと月もすればやってくる。
スヤスヤと皆既月食を夢の中で見ながら眠れる梅雨の夜、一つ飛び越して、早く実りの秋が来ないかな・・・。
でも、桃だけは食べたい!!
by w-scarecrow | 2011-06-16 23:58 | Comments(2)

摩天楼の衣擦れを聴きながら

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ニワナナカマド・庭七竈

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土曜日の午後、雨上りの新宿の街から千駄ヶ谷まで歩くことにした。
千駄ヶ谷小学校近くの" SIZEN " で陶芸家・田谷直子さんの個展の初日、ルリ色の魅力的なうつわを作る作家さんです。


新宿のメインストリートを脱原発のプラカードや非原発のメッセージが書かれたTシャツ着た人、コスプレの若い女の子たち、チンドン屋の格好をしたグループなどが、練り歩いていた。
労働組合が呼び集めたデモと違って、ネットを通して集まった参加者が多数だったらしい。

不信、怒り、不安、深い被災者への想い、参加者に去来するさまざまな想いを自分なりのパーフォーマンスで雨上がりの街を歩いていた。

そんな姿を明治通りの歩道から、しばらくの間眺めていた。
ボブ・ディランの ♪ 時代は変わる ♪ のメロディーが浮かんできた。

人々の抱いてきた価値観が一変した2011年春、少しづつ大切なものを、失ってきたものを再確認していく良き時代の始まりになるような気がした。




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明治通りから新宿御苑を抜けてゆくことにした。

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花や木々、一面に広がる芝生は雨を含んでくっきりとした色彩をはなっている。

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キンシバイ・金糸梅

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キョウチクトウ・夾竹桃

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アルストロメリア・百合水仙

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街にあるイタリアン、フレンチ、ケーキ屋、パン屋のカタカナ文字の店名は全く憶えられない。
せいぜい" アンデルセン" " ヨックモック" くらいだ。
" サマンサタバサ " はイタメシ屋だと思っていた。 
憶えようという気が全くないのかもしれない。


花を見に出かけるなんて3,4年前の自分からは全く想像ができなかった。
少し大人?になってきたのかな~。

でも、誰でもが知っている花の名前でも殆ど解っていません。


今日の東京は曇り空、湿気の多い風が部屋に入ってくる。
深煎りのコーヒーを飲みながら玲葉奈がカバーした
 風をあつめて ♪ を聴いている。


いつも思うこと、この時代に生まれてきて良かったなと思う。
by w-scarecrow | 2011-06-12 21:26 | 散歩 | Comments(12)

三軒茶屋

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世田谷線三軒茶屋駅の上に聳え立つキャロットタワーへ。


東京では都電荒川線とこの東急世田谷線の2路線しか走っていない路面電車。


映画『 ALWAYS / 三丁目の夕日 』で見られるようにかつての東京の街は縦横無尽に路面電車が走っていた。


Paul Bley の piano solo を聴きながら40分間、広がる東京の街を眺めていた。

カップルが何組か口数少なく眺めていた。

夕陽でシルエットになった恋人同士の姿はなかなか美しい。






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犬もネコも馬も夢を見るという。
どんな夢を見るのだろう? 子犬や子猫だった頃の夢を見るのだろうか?
親犬や親猫が健在だった頃の懐かし日々の夢をみるのだろうか?
いつか食べた無農薬のニンジンの夢? 近所のネコだちの家でいただいた新鮮な小鯵の夢?
毎日の散歩で逢う、ちょっと外国の風貌をしたキャピキャピのギャル犬の夢?

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私は未だに高校時代の苦手だった物理の試験の夢を見る。
楽しい夢はいつも途中で終わってしまうが、イヤな夢はENDマークが出るまでつづく。
続編を見たい夢はいっぱいキープしてあるのだが、いっこうに放映してくれない。
せめて夢だけでも夢を叶えてくれないだろうか。

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" お父さん扇風機" が届いた夢を見た。 ほんとに欲しい! 欲しい~!
by w-scarecrow | 2011-06-08 20:55 | 散歩 | Comments(8)

十穀米

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実家に小さな卓袱台を届けに行った。

母はデーブルで食事をすることはなく、座敷で正座をして食事を摂っている。
今まで使っていた卓袱台はあまりに背が低く、皿や鉢を手に取りながら食べている姿がしんどそうだった。

帰り際、十穀米を渡された。
「お前は生活習慣病そのものだから、少しは躰にいいものを食べないと・・・今からじゃ遅いか?!」

亡父は戦中戦後の食糧難の時代のトラウマをずっと引きずってきたせいか、白米以外は食べなかった。
どんなに貧乏でも米だけは旨いものを食べたかったみたいだ。

その時代を生きてきたお年寄りは、小麦粉と塩だけで作ったすいとんやちくわぶ(関東以外の人は馴染みのないおでんの具)を嫌がる人と好んで食べる人とさまざまだ。
亡父は大好きだった。
ただ、戦後の配給でサツマイモやカボチャばかりを食べていたせいかイモ類は好んで食べることはなかった。

昭和26年の映画で成瀬巳喜男監督の『めし』という大好きな映画がある。
原節子と上原謙の夫婦の物語である。 
大阪を舞台にしていて当時のミナミの繁華街や大阪城、阿倍野の住宅が映し出されている。 
くいだおれ人形も出ていた記憶がある。

倦怠期を迎えた夫婦は些細なことで喧嘩を繰り返し、単調な日々の中、徐々に亀裂が生じていく。
タイトル通り、卓袱台で食事をするシーンが多く出てくる。
” 花のいのちは短くて苦しきことのみ多かりき " の林芙美子の原作。
原節子の浮かべる寂しげな表情が強く印象に残っている映画、成瀬巳喜男の淡々としていて情緒のある語り口が好きだ。

梅雨の合間の爽やかな土曜日、イワシのつみれ汁が食べたく、これから笹塚まで食材を買いに行ってきます。
by w-scarecrow | 2011-06-04 17:44 | | Comments(4)

新兵器

20年ちかく使っていたコーヒーメーカーが力尽きた。
人間の年齢でいえばとっくに100歳を越えている。 元気がなくなったのとは逆でドリップをし終わった後、シューシューと蒸気機関車みたく水滴を飛び散らしている。
そんなことで新兵器を買いに行った。

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置き場所の都合で横幅、奥行きの浅いもの、サーバーがガラスではなくポットのもの、外国製ではないもの。
このコーヒーメーカーがコンパクトで即決。 かつてのSANYO と違ってデザインもセンスが一段と良くなっている。

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ポット式なので蒸発しないし香りも逃がさない。 なかなかの優れもの。


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普段深く炒ったコーヒー豆を使うので布製のドリップだと、淹れた後の洗浄が大変。
値段も5000円代だったので、満足。


電車やバスに乗って隣りや前に座った素敵な子が

「わっ、神が与えてくれた運命だ」とか

「くっきりと赤い糸が見える」だとか一ヶ月に一度は運命を感じていた

時期もあったが、

今は三ヶ月に一度くらいになっている。

晩年の寅さんみたいだ。

先日、「袖すり合うも他生の縁」という言葉の" 他生 " を何十年も" 多少 " と勘違いしていたことに気がついた。

なんかずっと勘違いで生きているような気がする。
by w-scarecrow | 2011-06-01 21:01 | もの | Comments(10)