winter's scarecrow

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砂の奏でる音

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海風に当たりたく芝公園から東京湾に出た。

先週、心温まるニュースが一つだけあった。
野田聖子議員が第三者の卵子で妊娠をしたとのニュース。法的な実子、養子の問題などさまざまことがあるだろうが、子供を持ちたいという強い意志を持ちつづけたことに敬服する。

東京湾の風景を眺めていて母なる海、すべての生きものの源である海というものを感じることはできない。
160年前に黒船が浦賀や横浜に入港をしたことや65年前に東京湾上の戦艦ミズーリで日本の降伏文書の調印式が行われたことなどイメージすら湧かない。
小学生の頃、父に連れられ竹芝桟橋から小さなポンポン船に乗って、晴海にできた大きな展示場で中華人民共和国展を観に行ったのが、私のなかでの一番遠い東京湾の風景。

海を眺めていて想う、
"海"は、
波の打ち寄せる砂浜がないと、波と砂のぶつかり合う音がきこえないと・・。
さらさらと鳴る砂の音、土と違ってどれだけ小さくなっても混ざり合わない砂。
一つ一つが意思を持っているようで、潮の満ち引きがあっても行き場所さえ自分で決めているような砂。
さびしい気持ちが熔け合わないように、意思と意思が積み重なって音を奏でているような気がする。

そんな砂の囁きをききに行きたい。
by w-scarecrow | 2010-08-30 19:17 | そのほか | Comments(9)

レバー

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「鉄分を摂らなきゃ・・」
スーパーに入る前、ボヤッとしたテーマを考える。
急性肝炎を患ってから、肝臓には大根がいい、鉄分も必要、根菜、葉野菜・・色々と考えるのだが
結局はバランスのとれた食生活をつづけることで落ち着く。

昨日はレバーを買おうとQueen's 伊勢丹に入り、去年と一緒で一段高いところに"メキシコ産 松茸"¥1780が目にとまった。
形も国産松茸に近く、3個で¥1780。
2分ほど眺めていた。 土瓶蒸し、松茸ご飯・・、美味しい松茸料理の画が駆けめぐる。
土瓶蒸しが一番好きだ。エビはいらないので淡白な白身の魚でも入れて、あとはみつばを入れればいいか・・・でも、うちには土瓶がない。結局、先送りにしてしまった。

鶏レバーを入れてロールキャベツを作った。
レバーに鶏ひき肉、豚ひき肉、かんぴょうやベーコンで結べば整った形になるのだが面倒くさかった。
ドイツや東欧でザワークラウトのロールキャベツが家庭料理として出されるらしいが、どんな味だか一度食べてみたい気がする。

今までダイエットということを一度も考えたことがない。
適正な体重は身長から105を引いた数値とも110とも聞くが、今は110を引いた数値になっている。
身長が177cm、一番体重が多かったときで79kg、結構、肥っていたのかもしれない。
今もその頃と食生活は変わっていない。
間食はしないし、ハンバーガーは食べてもフライドポテトは食べない、スナック菓子は全く食べない。
体重計に乗って67kg。3年間で10kg減、なにか徐々に進行形で体重が減ってきているので怖い。
亡父や3人の兄たちは身長も体型もそっくりである。 それに似てきたものなのか何か身体に異変があるのか、昨夜は焼酎をたらふく呑みながら"身体と健康"について考えていた。
by w-scarecrow | 2010-08-28 10:03 | 食 + うつわ | Comments(6)

driving on paper

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                  丸いちっちゃな消しゴム
                  はじめはスマートな姿だったのに 角がとれて穏やかな顔立ちになってきた

                  こころのなかで想い浮かぶことを言葉にして、絵にして
                  点を置いて、線を描いて
                  四角い紙の上を自由に遊ぶ
                  
                  ひとりよがりになったとき 人のせいにしたとき 投げやりな言葉をならべたとき
                  丸い消しゴムが サーと白くしてくれる

                  他人には決して見えない私の影を 身を削って白にしてくれる
                  コロコロもっと丸~くな~れ 

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                  紙の上のdrive
                  いつも 転がってばかり
                  
                  ゆっくりと まわりの景色を眺めながら走んなきゃ・・ 
by w-scarecrow | 2010-08-24 21:08 | もの | Comments(10)

桃山

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    【瀬戸黒湯呑】
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福井県越前町で作陶をされている山田和さんの湯呑3点。
師である加藤唐九郎氏の「越前の土でいい志野ができる」との言葉で越前町に築窯する。

窯焚きの途中で窯から取り出し、急冷させることで生まれた引出黒(瀬戸黒)、どっしりと腰を据えた武士のような存在感、重量感溢れる作品。

右の写真の【青織部】、シルクロードの道のりを想わせる、どこかペルシャやイスラムの風情を感じとれる青織部、桃山陶を見据えた山田和さんの伝統的なやわらかな作品群の中で青織部と赫織部は曲線・直線・点の刻紋を施した異次元の創造性を見ることができます。


山田 和

1954年 愛知県常滑に生まれる
      陶芸家の父、伯父は人間国宝・山田常山
1976年 大阪芸大卒
      福井県越前町に築窯







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                                 【志野湯呑】

白い肌合いに窯の炎の緋色が浮かび上がる。
「陶芸は桃山に始まり桃山で終わる」と言った師でもある加藤唐九郎、江戸期に衰退の一途を辿った日本の陶芸、雄大で雅で気迫に満ちた桃山陶を蘇らせようとした師の尽力、山田和さんの志野は余分な装飾を剥ぎ取った実に雄大で繊細な風格のある作品です。

福井県といえば呑み仲間の大学病院のA医師。
阪神で活躍?した川藤幸三の高校時代の同級生、小浜の出身。
血液型と人種による病気の発症率という自身の研究テーマについて語る姿は熱い。眼科医である奥さんと娘さんの医者一家。
「先生、医者ばかりだと医者の血が濃すぎてヤバくないですか?」
「そうかな?別に子供たちには医者になれと言ったわけじゃないんだけどな・・」
「娘さんの旦那には竹下登の孫のダイゴのような、Rockやってます!!とか、ゲゲゲみたくマンガ描いていま~すとか、コスプレにハマっていますみたな、ちょっと違う血を入れた方が・・」
と、年上の家族の未来に対して失礼なことをいつも発している。
血液型については専門分野のA医師。 強烈なimpactを持つ奥さんと娘さんのB型に対しては、厳しい言葉が飛び交う。
A医師は浪人時代、予備校には真面目に通わず、日活の映画館でロマンポルノ3本立て観て悶々とした青春時代を過ごしたそうだ。
小柳ルミ子のファンクラブに入り、秋吉久美子を慕っていた。

玉子焼きや焼き魚にたっぷりと醤油をかけるA医師。
「そんなに醤油をかけているところを医者が見ていたら、きっと怒られますますよ」
「大丈夫、大丈夫」
大きな躰で「あ~、やだやだ」と言いながら女房、娘、メスの愛犬の待つ家へと帰ってゆく姿はなかなか愛おしい。
いつも弱い立場の人の側に立った目線で、こんな懐の広い素敵な医者がいるんだって常々感じています。
by w-scarecrow | 2010-08-22 12:23 | うつわ | Comments(6)

あんみつおばあちゃん

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夕方から遠雷がきこえるが、まだ降ってこない。
雷鳴がこんなに愛おしくきこえる今夏。

先週、老母の誕生日に京都の和菓子屋の宇治抹茶のあんみつを持っていった。
「今日は朝からMさん(兄嫁)が立派な桃を持ってきてくれるし、お前もあんみつを・・」
「おめでとう、今日誕生日だよ」
「えっ、今日何日? それで桃を持ってきてくれたのかね・・やだやだ忘れっぽくなって」

母の大好きなあんみつ、銀座立田野のあんみつが大好きみたいだ。
今回は志向を変えて宇治抹茶をかけて食べる清涼感たっぷりのあんみつ。 白玉も3個入っている。
母の嫁入りのときに持参した戦前に作られたガラスのうつわで出した。

皺が多くなった手でゆっくりと口に運んでいた。
幼稚園の頃までは毎日、母の後について商店街へ買い物に行っていた。
郵便局へ行くときだけは近くの甘味屋でピンクのすあまが食べられた。
今は80も半ばになった母の嬉しそうに食べる姿を見て、幸せな気分になってくる。

「今度、お袋の一番好きなゆかたの写真を撮らせてくれない?」
「いいけどこんなお婆さんを撮っても・・」
「ゆかただけだよ」
やっぱB型だ。

私の帰ったあと孫たちから「おめでとう!」の電話があったり、訪ねてきてくれたりしたみたいだ。
姪っ子たちの気遣いが本当にありがたい。

仕事仲間に「みのもんたのジョークを聞いて笑ってしまったら、もうオジサンだぜ!」と偉そうに言った私だが、朝の番組の寒~い
みのもんたのギャグを聞いて想わず笑ってしまった。
一生の不覚。 
猛暑の本州を抜けだして、涼しい沖縄かハワイに行きたいですね。
by w-scarecrow | 2010-08-18 20:58 | | Comments(15)

太平洋のかかし

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'80年代のアメリカ、ウィスコンシン州ミルウォーキー。
住宅街にあるアパートからバスに乗って30分の距離にoriental food shopがあった。
ダウンタウンからも外れた閑散とした場所だった。
主に日本食が揃えてあった。 韓国人は北部の町にはまだ少なく、店には韓国産の唐辛子や缶詰めなど僅かな物が片隅に置いてあった。
1ヶ月に1度この店を訪れ、カレーのルー、味噌、納豆などを買っていった。
60代のおじさんは日系2世特有の日本語に広島弁イントネーションが混じっていた。

アメリカ北部、五大湖の近くの田舎町になぜ日系の人が? 
経緯は話そうとはしなかったが太平洋戦争中はワイオミングの日系人収容所に収容されたと話してくれた。

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その頃、『ノー・ノー・ボーイ』(晶文社)という日系2世ジョン・オカダが書いた小説を読んでいた。
戦中、戦後の日系人社会を描いた脚本を書きたく、日本人移民史、新藤兼人の実姉(広島の山間部からカリフォルニアに移住)を描いたノンフィクション、新田次郎の白虎隊の残党がカナダのバンクーバー島に渡り、漁業者となって生きている姿を描いた小説などを読み、触発されていた。

『ノー・ノー・ボーイ』は主人公のイチローが刑期を終え、終戦直後のシアトルの街へ戻ってきたところから始まる。
太平洋戦争が始まり、米西部沿岸州に住む日系人及びその家族は財産を没収されロッキー山脈の走る内陸部の各州に建てられた収容所へと送られた。
米政府はその収容所内で日系人に対してアメリカへの忠誠度を計るための面接をした。
「合衆国軍隊に進んで奉仕をする用意はあるか?」「日本国天皇やいかなる外国の政府に対しても忠誠を示さず服従もしないと誓えるか?」
この2つの要項に対し「ノー」と答えた日系人は不忠誠組とされ刑務所に送られた。

イチローのような不忠誠組とは違い、アメリカでの日系人のプレゼンスや家族を守るために志願して戦地に赴く者が当然いた。
ヨーロッパ戦線で勇敢な戦いぶりで功績を残した日系人442部隊は有名だが、それは数多くの犠牲者の上に成り立っている。

対日本軍の戦士として太平洋の島々や東南アジアに送られた、2つ母国の狭間に立った日系人の葛藤は計り知れない。
兄が日本兵として弟が米兵として戦ったケースも少なくない。

ノー・ノー・ボーイとして帰ってきたイチロー、同じ日系人からの軽蔑と憎悪の眼差しの中で戦後のアメリカを生きてゆく。
狂信的に神国日本を崇めてたわけでもなく、生まれ育った母国アメリカを否定したわけでもなかった。
自分が日系人であることとアメリカ国民であることの狭間に置かれたがゆえに「自分はいったい何者なのか」という自己のアイデンティティーの危機を抱えながらのイチローの戦後を綴っている。
  
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香港の許鞍華監督作品『客途秋恨』の撮影の詳細はこちらで書いています。
この映画は許鞍華(アン・ホイ)監督の自伝的作品。

アンの母親は一家が満州から引き揚げるさなか、甥が生死を彷徨う病魔におそわれた。
その時に真摯に日本人の引揚者たちに対応してくれた国民党軍の通訳の将校と出逢い、彼女の母はそのまま大陸へ残ることを決心する。

常に日本人である母に反発していた彼女は、日本という国と香港という母国の間に立つ、かかしだったかもしれない。
初めて訪れた母の生まれ育った別府の町、初めて聞いた父と母の出逢いの話、揺れ動いていた彼女のアイデンティティーの方向性を見つけた旅だったかもしれない。

撮影中も後も映画ではなく、実際のアン・ホイ自身のアイデンティティーについては訊くことはできなかった。

終戦から65年がたった。 今まで過去を語らなかった80歳を超えた老人たちが消し去りたい遠い日を語りはじめた。
生きていることに負い目感じてきた人も多かったかもしれない。 でも後世に残さねければいけないという使命感。 
消し去りたい過去は、明日への糧にしなければいけない。
語ることのできない声にも、そっと耳を澄まさなければいけない。
                                         ◆うちのベランダからの日暮れの風景です。 
by w-scarecrow | 2010-08-15 09:55 | my back pages | Comments(11)

2月生まれ

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コンビニで最中(抹茶入り)アイスとpino、ミニサラダを持ってレジへ「¥24のお返しです」と手のひらの上に置いてくれた。
おばちゃんの店員さんの乾いた肌の手の感触とは違い、しっとりとした感触がジワッと伝わってきた。、急に青春時代が甦ってきた。
メガネ美人の店員さんだった。言い知れぬ幸福感が漂い、レジ横の募金箱に¥24全額を寄付してきた。
世界中の子供たちが幸せになれれば・・!

TVで高校野球中継を見ながら、そうめんをすする。

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奈良から贈って頂いた三輪そうめん、この細さがいい!
長崎や兵庫の人には怒られるかもしれないが、島原そうめん、揖保の糸より奈良県桜井の三輪そうめんが好きだ。
愛知県安城の和泉そうめんの腰のある麺も好きだ。

東京の蕎麦屋では昔はそうめんはメニューになく冷麦だけだったような気がする。
缶詰めのミカンとサクランボがのってある冷麦、ピンクと緑色の麺が入っていた。
最近はスイカやメロンをのせてある店もあるらしい。
マンゴー、白桃だったら是非行きたい。

旧盆と正月の東京は人が少ない。夏休みの高校生たちのグループが全員同じshopの袋を持って歩いている。
下北沢もそんな高校生で溢れていた。
いつも行く飲み屋で30代のサラリーマン風の男2人が話していた。
「やっぱさ、嫁にするんだったら2月生まれに限る!なんでだか知ってる?」
「うるう年の2月29日に生まれた子だったら、4年に1回の誕生日プレゼントで済むからとか・・」
「誕生石がアメジストで、誕生石の中で一番安いんだ」
「一番高いのは?」
「知らん・・ダイヤモンド?4月だ。4月生まれがダイヤモンドだ、やめとこ・・」

昨夜も1つ勉強になった。貴金属店なんてこのかた1度も入ったことがない。
実際は誕生石のなかでどれが一番高価なのかは解らないが、女性は4月生まれより2月生まれがいいということだけは解った。
by w-scarecrow | 2010-08-11 20:51 | 食 + うつわ | Comments(8)

ゆかたの君はススキのかんざし・・ ♪

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夕方6時過ぎ、陽も落ちてきてやっと涼しい風が吹いてきた。
"阿佐谷七夕祭り"へ寄ってみた。

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JR阿佐谷駅から青梅街道までの長~いアーケード街、パールセンター商店街には各商店が工夫を凝らして作った吹き流しや提灯、くす玉、アニメキャラクターの張りぼてが、700mに渡って飾られている。見事。

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ゆかたを着た子供たちやお年寄りたちが、吊るされた飾り物を眺めながら、ゆっくりとした歩調で歩いている。
人、人、人の中、700mを歩くのに40分かかってしまった。

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10代の女の子たちのゆかた姿が多かった。ブームなのかもしれないが茶髪であれ、ワイパーみたいな付け睫毛をしていようが、その姿は清々しい。

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阿佐谷の七夕祭りは昭和29年から商店街の振興のために催され、今回で57回目。
食べ物を扱う商店は店の前に出店を出し、自慢の惣菜やかき氷、おでんや焼き鶏・・西洋惣菜、ソーセージ、焼きトウモロコシなど手作りの食べ物を提供してくれる。
こんな商店街が私の住む町にあったら嬉しいんだけど・・。

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生ビール片手にレバー焼きを頬張って商店街を抜けたら帳がおりていた。

私も小さい頃の夏祭りはゆかたを着せてもらい、小さな下駄を履いて着色されたヒヨコをジッと見ていた憶えがある。
街頭スピーカーからはいつも三波春夫が流れていた。
by w-scarecrow | 2010-08-08 13:22 | 散歩 | Comments(8)

テールスープ

原色をつかった粋な江戸風鈴を見ると、ベランダに吊るしたいと想う。
川のせせらぎも、木々のざわめきも涼を感じる音が全く聞こえてこないわが家。
せめて風鈴でもと想うが、風の強い日などはリンリンリンリンと近所迷惑になってしまう。
海辺の波の音のCDや、森の中の音を集めたCDを買ってくるしかないかもしれない。
気分だけはタヒチや屋久島を味わえるかも。

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食欲は減退しているわけではないが、台所で火を使うのが少しばかりの苦痛。
仙台から送ってもらったテールスープ。
疲れた胃腸にやさしい。 お肌は気にしたことはないがコラーゲンたっぷり。

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朝はテールスープにご飯を入れ、玉子雑炊にする。
鍋ものを食べるとき、早く具材をたいらげて雑炊を食べたい。 美味しい雑炊を食べたいがために鍋を作っている気がする。

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暑さで寝苦しいためか眠りが浅く、起きたときにはっきりと思い出せる夢をみる。
いまだに中学時代に学園祭でやった"ベニスの商人"の舞台の夢をみる。
舞台に出た途端に台詞が真っ白になった夢。

今まで全く意識をしたことがないタレントもよく夢に登場する、西田ひかる、森泉(公美子ではなく)、イモトアヤコ、余貴美子、堀ちえみ・・。

今朝の夢は以前、付き合っていた人が突然訪ねてきた。 
まだハイハイしかできない子供を抱いている。「ウソッ」
結婚をしたことも知らなかった。
子供を残したまま、彼女はふと消えてしまった。
ミルクやおむつ、肌着の入った袋が置いてあった。
映画『三丁目の夕日』の茶川竜之介になってしまった。
泣く子供をあやしながら「どうしよう・・一緒に生きてみるかっ」と決意したところで目が覚めた。
by w-scarecrow | 2010-08-04 08:29 | 食 + うつわ | Comments(11)