winter's scarecrow

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『 泣かないで 』

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母よ母よ
たうとうあなたは間違へてしまった
毎日みてゐる娘の顔を
<この子は早く母親に死に別れて
 わたしが子供のやうに育てたのよ・・・>
死んだ末の妹と間違へたのか
嫁に行った孫と間違へたのか
 
それから台所のすみにうづくまって
オイオイ泣いた
<何もわからなくなっちゃった
 何もわからなくなっちゃった>

わたしよ
鏡ののなかに 一本づつふえてゆくシラガを
そんなにもやすやすと じぶんにゆるすのなら
(まして)
老いてゆく母をゆるさねばならない
母が老いてゆくこと を―

あなたにはじめて腕相撲で勝ったむかし
わたしは笑ひながら
たくさん泣いた
けふはあなたが泣いたので
わたしは笑はうと必死だったのだ
<まあ奥さま 冗談ばかりおっしゃって・・・>

追ひこされることは ちっともつらくない
甥っ子と 海で 石投げをすると
はじめはわたしのほうがとんだ
それからだんだん
キャッチボールのとき わたしの手がいたくなって
ある日 彼のボールがとれなくなった
丁度あのころ
わたしはあなたを追ひこしたのだ
腕相撲に勝ったのは ほんとにつらかった

けれど今
あなたはわたしを もう一度追ひこして
ずっと先の方へ 行ってしまった
あなたが三分で忘れることを
わたしだって三日で忘れるのだから
永遠のなかでは たいしてちがいはない

母よ
時間が夢のやうに流れて
いとしいものがごちゃまぜになって
うらやましいわ

泣かないで

ほら わたしのシラガを ぬいてください
いつものやうに

吉原幸子詩集<花のもとにて 春>より

酒屋の遷都くんみたいなオヤジの向こうでキリンの発泡酒を持った内田恭子のポスターが見えた。
キリンは辞めた。
アサヒは"めざましテレビ"のお天気キャスターの愛ちゃんがCMをやっているのでアサヒも辞めた。
今、サッポロの発泡酒を呑みながらPCに向かっている。
滝川クリステルが最近、90度左を向いて喋らなくなったな~と思って寝たら、寝違えて首が回らなくなってしまった。
夕飯を作るのがシンドイので今日はDominoの辛いハラピニオの入ったスパイシーデラックスにしよう。
回らない、首が・・、頭が。
先日、老母が「お前はいつからそんな髭をはやしているんだい?」と訊いてきた。
「18からだよ、剃ったのは22歳のときの一年間だけだったよ」
「・・・・」
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by w-scarecrow | 2009-09-29 19:39 | | Comments(4)

うわき

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毎朝、起きて一番に飲むほうじ茶。
石川県加賀市にある丸八製茶(1863年創業)の『加賀棒茶ほうじたて』をずっと飲んでいた。
静岡茶の茎を浅く焙じた何ともいえない爽やで香ばしいほうじ茶。

古女房と一緒で、たまには浮気をしないと本当の良さが解らないと思い、"TEA Shop 八月の鯨"で限定販売されていたほうじ茶を注文、やわらかな香りのする飽きのこない美味しいほうじ茶だった。
次に入荷するのは10月らしい。

それでやむなく、浮気のはしご。
京都にある柳桜園茶舗・写真左(1872創業)のかりがねほうじ茶『香悦』を飲んでみた。
京都では各家元御好みの抹茶を揃えてあるお店として贔屓にされている茶舗。
宇治茶の茎と少しの茶葉、この茶葉の焙じた香りが玩具箱をひっくり返したような華やかさで、茎の品の良い香ばしさと相まって、はまっている。

もう少し京都で遊んで、いつか燻し銀のような古女房のところへ帰るかもしれない。

MOS BURGERで大好きなチリ・ドッグを食べていたら、草食男子とカナリ綺麗な女子がtake outで、てりやきチキンバーガーとチリ・ドック+αを注文していた。
「なんかさ、鳩山首相っぽくない?今度、洗足池のMOSに行ってみようよ・・いるかもしれないよ」

私もtake outにすればよかった。
でも鳩山さんは田園調布のお屋敷でMOSを食べるというアンバランスが格好いいのであって、
私が男臭い部屋で「笑点」を観ながら、チリ・ドックを食べてもバランスがとれ過ぎていてなんも面白くない。

「普通、男性は独身女性の中から結婚相手を選ぶが、僕は全ての女性の中から貴女を選んだ」
と鳩山さんは幸夫人に言った。
私が24の時、憧れていた大手製鋼会社の手塚理美みたいなOLと夜の日比谷公園を歩いているときに
想いきって「あのっ、結婚を前提に手をつないでいいっスか?」と訊いたら、「困ります!」と一殺された。
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柳桜園茶舗
京都市中京区二条通御幸町西入丁子屋690

かりがねほうじ茶 [ 香悦 ] 200g ¥1680
              [ 金 ] 200g ¥1260

高島屋のonline shopで購入すると送料が¥300で済みます。
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by w-scarecrow | 2009-09-26 20:59 | tea | Comments(10)

HENRI CARTIER BRESSON

The Berlin Wall,1962
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ブレッソンのフレームの中の被写体同士のコントラスト、背景とのコントラストが好きだ。
背景にはベルリンの壁が築きあげられようとしている。
紳士がゆく、戦争で脚を失ったのか、服装からすると大戦中は将校だったのかもしれない。
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Tralee,Ireland,1951
アイルランド西部の街トラリー、大西洋からの冷たく強い海風が吹く街なのかもしれない。
防風のためか壁が延々とつづいている。
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Valencia,Spain,1933
スペイン内戦が始まる3年前のヴァレンシア、ヘミングウェーが初めてスペインを訪れたのは1925年、ピカソはパリに住んでいたが度々、母国スペインに帰国していたらしい。「ゲルニカ」は1937年、「誰が為に鐘が鳴る」は1940年に発表された。
少女の表情が何を表しているのか? 1936年から40年間つづくフランコ独裁政権の中を彼女は生きてゆく。
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Alberto Giacometti,1961
スイスの有名な彫刻家アルベルト・ジャコメッティーが雨のパリの街を濡れながら歩いている。
写真を見るかぎり大彫刻家には見えない、空腹を我慢できないような様相でユーモラスな一枚。
「走ろう!アルベルト」
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アンリ・カルティエ・ブレッソン、1908年フランスChanteloupe生まれ。
1923年頃から絵画とシュルレアリストに傾倒し絵画を学ぶ。その後、アフリカの象牙海岸で一年間を過ごし
帰国後、写真を始める。
アメリカでは映画を学び、メキシコへは民族学調査隊に参加し、1940~43年まではドイツの捕虜になるが
脱走に成功。
その後、レジスタンスに加わる。
1947年、キャパらと写真家集団『マグナム・フォト』を設立。
95歳で亡くなるまで目まぐるしいほどの多様な人生。 

この写真集は20歳のときにCalifornia大Berkley校の生協で購入した。 $60、高かった!
胸にUniversity of California,BerkleyとプリントされたTシャツも2枚買ったが、それを着てアメリカ中西部へ行くと、皆が振り返る。 田舎住まいのアメリカ人は未だCaliforniaが憧れの新天地だったようだった。
Berkley校の生徒でもないのに、インチキな優越感を味わった。

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Behind the Gare Saint-Lazare,Paris,1932
ブレッソンの有名なショット。 サン・ラザール駅前の水溜りをヒョイと跳びこえる、愉快な写真。
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Ascot,England,1955
The Queen Returns for Royal Ascotと記された新聞を頭にのせ、やるせない表情の紳士。
アスコット競馬場に散らばっているハズレ馬券。 
日本の競馬場の赤鉛筆を持ったオッチャンたちとは風格は違うがしょげた顔は一緒。
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New York,1947
ねこと語る男。 いかにもN.Y.Cらしい風景。 自分を見ているみたいだ。 デジャ・ヴュ。
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Brie,France,1968
フランス映画を観ると草原(?)の中の長い一本の並木道をよく見る。 夏は陽を避けて皆でお弁当を広げるのでしょうね。
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Liverpool,England,1962
リバプールと言えばビートルズを生んだ街、写真の1962年はビートルズがレコードデビューをした年。
殺伐とした工業地帯の街、廃墟の前をゆく3人の少女たちの歌声が聞こえそうだ。
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Resistance, banks of the Rhine,France,1944
ライン川はスイスを源としてフランスのアルザス~ドイツへと流れてゆく。
ラインに架かる鉄橋にレジスタンスの遺体。 
ブレッソンの写真は遺体ではなくとも地べたに倒れている人間の写真が多い。
このレジスタンスのショットが起因なのかと感じた。      [NEW YORK GRAPHIC SOCIETY刊]

いくつもの時代を巡り、多くの国々を駆け抜け、写真集を閉じる。
夜がだんだんと長くなってきた。 長い分だけ4杯が5杯へと量が増えてしまう。 少し控えよう。
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by w-scarecrow | 2009-09-22 21:13 | そのほか | Comments(8)

奥沢から九品仏へ

奥沢にある美味しいパン屋さん"CUPIDO"(後述)でパンを買い、以前に通った紅茶の茶葉専門店"ル・パレデテ"の前を通り、九品仏(くほんぶつ)へ。 広大な敷地の浄真寺で遅い昼食を食べに行く。
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総門への参道脇に自転車を停め浄真寺へ。
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総門を抜け閻魔堂を横目に見ながら進むと、高さ30mの楼門が見えてきた。
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楼門の両脇に立つ仁王像に睨まれ通り抜けると、1678年に開山して以来の見事な彫刻が施された
楼鐘が見えるがロープが張られていたので遠目での観察。
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そして本堂へ。
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本堂の対面に3つの阿弥陀堂があり、3体づつ合計9体の阿弥陀如来が安置されている。
九品仏の地名の由来である。
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小雨がぱらついてきた。
総門に戻り、参道でやっとチーズとハムのバケットサンドを食べる。
風味のあるバケット、粒マスタードがきいてて旨い!

Artisan Boulanger CUPIDO
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カンパーニュ、10枚のスライスしたりんごのデニッシュ、レーズンのパン、焼酎を呑みながらカンパーニュにチーズをのせ、つまんでいたら、あっという間に完食してしまった。 昼食も夕食もパンで一日の食事が終わってしまった。

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Artisan Boulanger CUPIDO

世田谷区奥沢3-45-2

TEL: 03-5499-1839



奥沢駅から150mくらいの距離。 対面販売で店員さんの対応も実に丁寧。
低温殺菌の牛乳も買ってきた。


土曜日の今日、虫歯の治療で歯医者の予約をとってある。 今から憂鬱。
歯の治療が痛いのは解っているが、アルプスの少女ハイジに似た童顔の歯科助手が
私の口をガバーっと開く、これがやたらと荒っぽい。
口を大きく開けたままなので「痛い~!」と声も出せない。 今日はハイジに向かって叫んでみよう。
「ぺーター~!!」
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by w-scarecrow | 2009-09-19 10:09 | 散歩 | Comments(12)

シュウマイ

横浜中華街 清風楼のシュウマイ。
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関帝廟通りにあるシュウマイで有名なお店。
小さなお店に入るとすぐにお土産用のシュウマイが並んでいる。
大好きな"頂好"の台湾ちまきの2軒先の店。

数ある焼売の中でも、昔懐かしい味がする。
豚肉と野菜をほどよく練り込み、しっかりとした味付けに仕上げられている。 決して濃い味ではない。
"華正楼"の焼売は美味しいが濃い目の味付け、
やはり焼売で有名な"日本橋・小洞天"の焼売は肉と野菜のバランスはいいのだが、
素材の自然な甘さではなく、砂糖の甘さを感じてしまう。

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作家、池波正太郎が好きだった"徳記"のラーメンと"清風楼"のシュウマイ。
値段は高めだが、中華街へ寄ったときは必ず買って帰る。

清風楼
横浜市中区山下町190番地




今朝のTVの番組は特別国会に初登院する新人議員たちが映しだされていた。
その中でも一番多くの記者に囲まれていた福田衣里子議員、彼女の滲みでる清々しい笑顔が、政治家然としていた先生方の映像を忘れさせてくれる。
彼女の小さく華奢な躰を、目に見えぬ人々の熱い眼差しや後押しが徐々に彼女をパワー・アップさせているのかもしれない。
1960年代のBob Dylanの名曲"The Times They are A-Changin' " (時代は変わる)が頭をよぎった。 
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by w-scarecrow | 2009-09-16 09:58 | 食 + うつわ | Comments(4)

久保忠廣 織部鉢

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三重県菰野で作陶されている久保忠廣さんの織部菓子鉢。
眺めているだけでウキウキしてくる遊び心満点の絵付け。
久保さんのうつわは割烹や料理店で愛用されている。
かっちりと焼き込んだ抑制のきいた造形、でしゃばり過ぎず控えめなうつわ。
それが一流の料理人に愛されるゆえんである。
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黄瀬戸の湯呑[右]はしっとりとした風合いでとろりとした釉調、艶消しの油揚手。
鼠志野は作者の作為のなさが、全体に気持ちよい調和を作っている、飽きることのない久保さんのうつわ。
               
                 久保忠廣 
                   1948年 東京渋谷生まれ
                   1973年 愛知県西加茂郡藤岡町に登窯を築窯
                   1991年 三重県菰野町に単室の薪窯を築窯

【黄瀬戸湯呑】 口径: 7.7~8.2cm 高さ: 7.2cm 【鼠志野湯呑】 口径: 8.1~8.7cm 高さ: 7.4cm

下北沢の飲み屋さんで、会社帰りのきしっとした格好をしたカップルが呑んでいた。
同じ会社かどうかは解らないが、話の内容からすると同業種の二人。
金融、投資の話をしていたが、経済・金融オンチの私にはカタカナのビジネス用語は全てフランス語に聞こえてしまう。
そもそも、1万円が5万円に増えるなどということは一度も考えたことがない。
男は自説を延々と語っているが、話に入る前に必ず「×××ってどういうことか解るか?」と彼女に質問をする。
彼女は言葉を探しながら答えようとするが、詰まってしまう。
「なんだ、そんなことも知らないのか・・」と自説に入る。
彼女は、口を挟まずずっと聞いている。 次の彼氏の質問に答える準備をしているのかもしれない。

彼女は男の専門分野には及ばないかもしれないが、それ以外のことはもしかしたら彼氏の100倍も
知識、見識があるかもしれない。
解らないことを敢えて質問する、自分の彼女がたじろぐ姿を見て彼氏は優越感を持つのであろうか。

そんなことを考えながら呑んでいたら、呑み過ぎてしまった。
普段食べないサンマの腹わたまで食べてしまった。
東京は涼しく、9月の雨にしては晩秋のような淋しい雨模様、無性にサバランが食べたくなってきた。
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by w-scarecrow | 2009-09-12 23:33 | うつわ | Comments(6)

祭りのあとの淋しさは・・ 

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世田谷区にある北沢八幡宮の秋祭りへ。
近くに住むKさんとタコ焼きを食べ、ぬるい缶ビールを呑みながら
境内を往き交う人々を眺めていた。
陽が落ちるころになると、秋の風が心地よい。

秋祭りの頃になると想い出すことがある。
小田急線沿線のBarに一週間に一度、決まった時間に広いカウンターでひとりで呑んでいる子がいた。
30歳を少し過ぎた大きな目をした綺麗な女性。

昼間は事務の仕事をしていて、週に2度Jazzを歌っているらしい。
Live Houseではなく、どこかのお店で歌っていたみたいだ。
Nちゃんという名の子、沖縄民謡の一家に生まれたらしい。
彼女の歌う民謡を聴いたことがあるが見事だった。

沖縄返還後の幼い日、車の右側通行が夜の0時をもって左側通行に変わる日、歩道橋からその光景を眺めていたらしく、その話を昨日のことのように楽しく話していた。
米ドルから円に変わったときの戸惑いも。

それから話をする機会が多くなった。 
限られた時間を目一杯楽しんでいるようだった。
Nちゃんは友達を連れて私の部屋に、沖縄料理を作りにきた。
手際よく何品も料理がテーブルに並び、泡盛で会話も弾み、うちにある沖縄民謡のCDの『東崎』(あがりざち)をかけたら、急に時間が停まったかのように、Nちゃんの目から大粒の涙が流れだした。
沖縄の言葉で与那国島の情景を謳った曲である。

Nちゃんの住んでいるマンションは普通のOLの住める部屋ではなかった。
誰かの陰を感じたが、そんなことを話題にしても美味しい酒は呑めない。

それから、7,8ヵ月後、秋風が吹きはじめた日、
「もっと、みんなと早く知り合いたかった。私、生きてきたなかで、この一年間が一番楽しかった」
水泳の岩崎恭子ちゃんみたいなことを言いだした。
「沖縄に帰ることにしたんだ・・」と、また大粒の涙を流しはじめた。
「ちょっと待って、忘れられるのイヤだから」と、カウンター席の後ろに誰もいないのを確認して、
さっと、服を着たまま、していたブラジャーを取って誰にも見えないように私に渡した。
薄い水色のブラジャー。
身のまわりを整理できたのかは判らないが、彼女に陰は消えていたように感じた。

『東崎』、、歌詞の行間に彼女の生きてきた証しがいっぱい詰まっていたのかもしれない。
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宮古島出身の下地勇の"LIVE"のDVDを焼酎を呑みながら聴くことが多い。
オリジナル曲の殆どを宮古の言葉で歌うが、歌詞カードを見なくても泣けてくる。
歌う抑揚がBluesのそれに似ていて、いつの間にか南の島のゆるやかな時の流れに入り込んでいる。
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by w-scarecrow | 2009-09-08 19:54 | music | Comments(8)

トトロ一家


生まれて初めてシャンプーとリンスのボトルが同時に終わった。 スゴイ!
明日、宝くじでも買ってみよう。
先週、BLOG"バナナな日々"でupされていたトトロのシュークリーム。
シュークリーム・ファンとしては見逃せない。



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カスタードと桃、どちらも程よい甘さ、シュー生地も美味しかった。
井の頭線の高井戸駅から歩いて10分、オリンピックの隣りにある小さなお店。



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よかった、買いに行って。 Hさん、ありがとう。

BLOGをやり始めて10ヵ月、初めは野球の記事ばかりになるだろうなと考えていた。
あまりにも横浜Baystarsが不甲斐ない試合ばかりなので、気持ちが少し失せてしまった。
10月にプロ野球ドラフト会議があるので、今までに見てきた選手がどの球団に指名されるか
それだけが楽しみである。

そんなBLOGを80歳を過ぎたご老人が毎回、読んでくれていると知らされた。
なにか、嬉し恥ずかし。 
私の老母にだけは、絶対見せられない。
でも、少しづつ物忘れが激しくなった、そんな母に向かって書いているのかもしれない。

「お袋の小学生のときは着物で通ったの?あの時代、お昼の弁当はにぎり飯だけだったの?」
お昼は何を食べていたのかは忘れている。
群馬県の四万温泉の小学校、今でも老舗旅館として残っているT旅館の娘さんだけが
卒業式の時に袴をはいてきたという。
そのお嬢さんの髪型や着ていた着物の色柄は今でもはっきりと憶えている。

トトロがあと一つだけ残っている。
冷蔵庫の中で遊び廻っているかもしれない。



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by w-scarecrow | 2009-09-05 18:36 | 食 + うつわ | Comments(10)

ちょっきん、ちょっきん

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朝から髪を切りに"Yellows"へ。
10坪のスペースでお客さんと技術者さん一人だけの空間。
15年前から、三ヵ月半に一度、髪を切りに。

シャンプーが終わり、カットする席へ戻るときにスタッフ全員で「お疲れさまでした~」と
「デニーズへようこそ!」みたいに明るく声をかけられるのが、この上なく恥ずかしい。
「お仕事の途中なんですか?」
「夏はどこかに行かれたんですか?」
「お子さんは何人おられるんですか?」
そんな質問に答えるのが面倒なので、1対1の美容院に来ている。
髪を切ってくれているTさんは酩酊会見の中川昭一の選挙区の出身。
「中川さん、酒を飲んでいないから顔色が悪かったですね」
「中川さん、今頃は酒をチミチミ呑みながら♪悲しみを暖炉で燃やしつづけて♪いるんでしょうね」

私の三番目の兄が美容室を営んでいる。
美容専門雑誌の全国美容コンテストの受賞者の総評で選考委員の兄が言葉を述べていた。
やたらとカタカナ言葉が多かった。

私の高校時代はインターンだった兄のパーマやカットの練習台。
ジャクソンファイブのマイケルのようなヘアー・スタイルにもマラソンの瀬古のような短髪にもさせられた。
よく登校拒否をしなかったと想う。

小学校から高校まで、教科書を学校に置きっぱなしにしていた兄が、
「大学の受験するから、お前の方が字が上手いんで、代わりに俺の願書を書いてくれ。
それと何か参考書ないか?」と、中学生の私の参考書を持っていった。
(もちろん、不合格) 怖いものなしの性格。
それが、今は審査委員でカタカナ文字をいっぱい使っている。
解ってくれてはいないと想うが、弟の悲しい自己犠牲の上に今の兄貴があるんだと?!
一ヶ月ごとに変わるヘアースタイルで、実る恋も実らなかった。 

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帰りに、代々木上原と幡ヶ谷の中間にある、美味しいパン屋さん『カタネベーカリー』へ。
ボリュームのあるピザパン(¥280)、イチジクのパン(¥155)、焼きあげたバケットにたっぷりとバターを塗ったもの(¥160)。
こじんまりとした店内、種類も多くて安くて旨い。
朝7時からの営業、頑張ってるな~と職人魂を感じる素敵なパン屋さん。

和歌山で暴力団幹部の男が"ペコちゃん人形"を盗んで逮捕されたらしい。
任侠に生きる渡世人が人形へと生き方が変わってきている。
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by w-scarecrow | 2009-09-02 20:30 | 食 + うつわ | Comments(4)