winter's scarecrow

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夏の終わりに

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『喪失』
       小ちゃくなりたいよう!
       小ちゃくなりたいよう!

誰がそれを罰してくれたらう
うすら笑ひに もう手おくれ
失ったまま 知らなくなって 長いときがたって
わらはないでいいひとが わらふのだった
死なないでいいけものが 死ぬのだった
そうして わたしはもう泣けなくなってしまった

ひどく光る太陽を 或る日みた
煙突の立ちならぶ風景を 或る日みた
失ったものは 何だったらう
失ったかはりに 何があったらう
せめてもうひとつの涙をふくとき
よみがへる それらはあるだろうか
もっとにがい もっと重たい もっと濁った涙をふくとき

わたしの日々は 鳴ってゐた
        大きくなりたいよう
        大きくなりたいよう
いま それは鳴ってる
        小ちゃくなりたいよう!

空いろのビー玉ひとつ なくなってかなしかった
あのころの涙 もう泣けなくなってしまった
もう 泣けなくなってしまった
そのことがかなしくて いまは泣いている

吉原幸子詩集 <幼年連禱> 『喪失』より

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土曜日、横浜から足をのばして"みなとみらい"へ。
夏休み最後の週末、どこを見ても家族連れ。
前を歩いていた家族連れの子供が遠くに観覧車を見つけると走りだした。
「おとうさん、はやく!」

小学生くらいの子供たちはお母さん抜きの
お父さん+子供たちが多かった。
お母さんは、やっと作れたひとりの時間を過ごしているんだろう。

遊び疲れて帰路に向かうお父さん+息子、
「お父さん、来週また来ようよ!」
「バカいうな、来年な」
少しメタボなお父さんが汗だくになっていた。

前の日にバスや最寄り駅からの電車のダイヤを調べ、昼ごはんはどこで食べるか、水筒には何を淹れていこうか、子供の服装は・・、ちゃんとタオルも持っていかねば。
子供が喜ぶ顔を想い浮かべ、頭の中でプランニング。
きっと帰りの電車の中ではお父さんに凭れ、すやすやと眠ることだろう。
そんな子供の健やかな寝顔を見るための、お父さんの大粒な汗、汗、汗。
by w-scarecrow | 2009-08-30 15:37 | | Comments(2)

EL SUR 南へ

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芋ようかんで有名な舟和の"あんこ玉"。
モノトーンの日常が、9個で¥520のあんこ玉で、せちがらい空間に少しばかりの色どりを与えてくれる。

どの色のあんこ玉から食べようか、そんなちっぽけな選択が楽しい。
もともと、好きなものを一番最後に食すことは解っているんだけど・・。

「どちらへ?」と訊かれ、「南へ」と一言で答えられる旅がしたいと想う。
細長く狭い日本では、どうもキザにしかとらえられない言葉ではあるが、とにかく「南」なのである。
なにくわぬ顔で出かけてゆき、陽の薫りを蓄えて帰ってくる。

THE BANDの大好きな"Weight"を聴きながら、あんこ玉を好きでない順番で食べてゆき
Route 66をひたすら走る画を想い浮かべるが、少し無理がある。

「ミツバチのささやき」を撮ったスペインの映画監督、ビクトル・エリセの「エル・スール」(南)という
感動した映画がある。
スペインの北の町へ移り住んだ家族、成長期の少女の目を通して父との思い出が
静かに淡々と綴られてゆく、父の苦悩、スペイン内戦で粉々に壊された父の未来、
父の忘れえぬ恋人への想い、娘に見せる穏やかな笑顔、優しさ、父の故郷の「南」への渇き。
そして父の死。 彼女の無垢な脱脂綿のような感受性が、徐々に変化してゆく・・。
屋根の上の風見鶏のカモメはいつも南を指していた。
El Sur,南へ
by w-scarecrow | 2009-08-27 23:11 | 食 + うつわ | Comments(6)

おにぎり三昧

昨日、新宿・伊勢丹で催されていた、夏の大九州展へ。
TVの番組でもよく紹介されていた"肉だわら"
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[左から] "肉だわら宮崎本店"のしょうゆ肉だわら、しおチーズ肉だわら、大分の"寿司割烹おおむろ"の
       さざえめし。
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宮崎産コシヒカリを豚のロース肉で包んだおにぎり。
甘く濃い醤油味を想像していたが、ほんのりと生姜とニンニク味がしてサッパリとして美味しい。
しおチーズは甘めの味付け。
出来たての温かいものを食べてみたい。
宮崎市にある人気店"にくまき本舗"の肉巻きおにぎりも食べ比べてみたくなる。

さざえめしも磯の風味たっぷりで旨かった。 うにめしもあったが日曜なのでサザエにした。
眠らぬ街宮崎の中心街で朝まで呑み、大分の日出(ひじ)で別府湾に釣り竿をおろし、絶対に釣れないであろう城下カレイがかかるのを待ちながらボケーっと海を眺めていたい。
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宮崎"アンクルベアー"の完熟マンゴープリン。
なかなか食べることのできない宮崎マンゴーはもちろん、プリンの食感が絶妙、もうひとつ買ってくればよかった。

ロンドンの裕福なスリのグループが世界的恐慌のなか、なにか世の中に貢献できることはないかと
最近、人のバックやポケットに現金を気付かれないように入れる(戻して)いるらしい。
霞ヶ関の役人たちも、こんな粋なことを考えてくれればいいんだけど。
by w-scarecrow | 2009-08-24 20:03 | Comments(8)

ひかり

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人の感受性は、光に大きな影響を受けている。
温度の変化よりも、光の射してくる角度、光の色の変化を瞳が察知し、
季節の動きを脳が感じるという。
季節や自然を謳う詩歌は、季節の只中よりも光が変わる時期に詠まれることが多い。
人との出逢い、そして育み、季節の変わり目で心の温度に変化が起こるのかもしれない。

秋めいた空、やがて空はより青く澄み、波長の長い赤は地表で鮮やかになる。
モノクロームの冬の直前に見せる、色の鮮やかな変化、この空も秋へ向けての光の絵巻に感じる。

今日、アフガニスタンで選挙が行われた。 タリバンの善し悪し以前にイスラムの部族社会に
欧米型のデモクラシーなんて定着するはずがないというところから考えてほしい。

大好きな桃の季節が終わり、梨、ぶどう、紅玉の季節がくる。
美味しいきのこも食べられる。

写真はベランダからのショットです。 富士山も澄んだ日にはくっきりと見れます。
by w-scarecrow | 2009-08-20 20:17 | | Comments(6)

金魚

" 残暑 お見舞い申し上げます "
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恵比寿三越であんみつを買おうとしたら、棚の上で金魚が泳いでいるのを見た。
宗家・源吉兆庵の金魚。

本郷の菊坂通りを右手に入ると金魚坂という細い坂、
創業から350年つづいている金魚・錦鯉の卸し問屋さんがある。
「金魚、見させてください」と言えば自由に見させてもらえる。
坂をのぼりきったところに"金魚坂"という喫茶と食事のできる店がある。
中国茶、紅茶も飲める。
暑い夏、涼をとるには金魚観察もよいかもしれない。

「飛ぶ夢を見たくて夜の金魚たち」 黛まどか(17文字の詩より)
金魚は観賞用に人工的に作られた魚。
狭い鉢の中を一日中、鮮やかな体を翻しくるくると廻っている。
夜もふけた頃、金魚も眠りにつくだろう。
きっと、狭い鉢から飛び出し広い広い空を鳥のように飛ぶ夢を見ているのかもしれない。

朝から真青な空が広がっている。 こんな日はRy CooderのGoin' Back to Okinawaを聴きながら
空に浮かぶ雲の数でも数えることにしよう。
by w-scarecrow | 2009-08-16 10:01 | 食 + うつわ | Comments(8)

冬に咲いた花なのに・・

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「これからシビヤに行くけど、一緒に行くか」
「・・行く!」
亡父はもちろん、「ひ」を「し」としか発音できなかった。
シビヤ=日比谷のときは皇居、 シヴィヤ=渋谷のときがデパートの食堂でオムライスが食べられた。

皇居から帰るときは有楽町のガード下で、ぬる燗をチビチビと呑みながら、
小さな末息子が焼鳥を頬ばって食べている姿を嬉しそうに眺めていた。

年をとってから授かった子供なので、兄弟のなかでも親といらる時間が少ない。
いつもスタスタと足速に歩く父の後姿を、小走りに追うのに子供ながら息を切らした。
手をつなぐことはしなかった。
おかげで駅で2度も迷子になり駅員室で待たされた。

8月15日、64度目の終戦記念日である。
あの戦争中、ずっと戦禍の中、軍服の胸に収めていたであろう軍隊手帳。

父は近衛騎兵隊に入隊した。 背が高かったのも騎兵隊に配属された理由の一つ。
天皇陛下、皇族を守る軍隊、中国大陸で落城した街に騎兵隊に先導され皇族が入城する。
馬に乗り長いサーベルをさした写真が何枚かある。

戦争の話は殆どしたことがない。
大陸へと出征するときに、どこで知ったのか芸者となり勘当された実姉が、万歳を三唱している品川駅の軍用列車のホームで、父に向かって大きく手を振っている姿を見つけ、最後だと覚悟をしたらしい。
召集がくる前に勤めていた小さな商社、そこで酒、醤油、味噌の仕入れの仕事をしていたらしく、そのときに汽車に乗って会津や宮城、新潟の酒造元を訪ねていく旅の話を楽しそうに話していた。

20代という人生の中でもっとも輝く時を奪われた。
父だけではなく多くの人の青春が奪われ、散った。

昭和天皇が崩御された2ヶ月後、父は逝った。
高校時代、戦争と天皇について何度か父に絡んだ。 答えはもらえなかった。
天皇を守る近衛の最後の使命をあの時、終えたのかもしれない。
 
「人を殴ったらいけないぞ、そいつにもいつも心配している親御さんがいるんだ、だから殴っちゃ駄目だ」といつも言っていた。
by w-scarecrow | 2009-08-14 19:39 | my back pages | Comments(4)

林正太郎 『志野湯呑』

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志野は白い焼物。 日本人が長年抱いてきた夢。
中国の白磁という夢の焼物に想いを馳せ、16世紀に末、志野が生まれ、白という色を本当の意味で実現した。
さらに鉄絵といわれる下絵付きの焼物、長石釉という白みを帯びた一種の透明釉と美濃の白い土があわさることで可能となった。
[写真右]林正太郎さんの【鼠志野】、500年前の美濃の陶工が白い素地に絵を描くという画期的な作風を生みだすや、今度はそれを反転してみせた。
林正太郎さんは絵を描くというよりデザインされたような今を感じるかわいらしい湯呑である。


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綿菓子のような【志野湯呑】
白磁のような均一性をもたず白さも劣るというマイナス点が、茶陶の志野ではその抽象性を重んじるという、日本人独特の美学がそれを支えていった。


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【鼠志野湯呑】
                          林正太郎
                          1947年 岐阜県土岐生まれ
                                  兄の林孝太郎氏に師事
                          1974年 独立
                                朝日陶芸展では2度の最高賞と優秀賞を受賞する
                                他、数々の賞を受賞
                          2002年 土岐市無形文化財保持者となる


林正太郎さんのうつわを愛する人が多い。 伝統の中に林さんのやわらかさ、精密さ、鋭さ、現代的な感性が包含されている。 

今朝、5時7分に皆と一緒に目覚めた。
静岡に住む旧友のS君にすぐ電話をしよう思ったが、阪神大震災の混乱している町や人々の姿や倒れた高速道路の画が頭に浮かび躊躇した。
TVをずっと見つめていたら、地震の後にもかかわらずコンビニで買い物をしている客がいた。
とりあえず胸を撫でおろす。
S君のことだから、余震があることを想定して買い出しに行ったかもしれない。
黒い(灰色)はんぺんの入った静岡のおでんも買っているかもしれない。
台風と地震が重なった。 まだまだ余震と土砂崩れが心配だ。
by w-scarecrow | 2009-08-11 19:32 | うつわ | Comments(5)

originality

”梅干はその日の難のがれ”
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"甘さひかえめ"の食品と、甘みのあるものへと改良されてきた農作物。
目をつむって振り返るとトマトはもっと酸っぱかったし、大根はもっと辛みがあった。
キュウリはもっと青い味がした。
トウモロコシもトマトも今やフルーツの域に入ってきた。
いつの日か千疋屋のトウモロコシや玉葱がお中元に届く日がくるかもしれない。

アクがない野菜、においのない納豆などクセのないものへと変化している。
りんごは紅玉のあの酸っぱさが大好きだ。
梅干もハチミツ漬けや、鰹や昆布の磯のかおりのするものが売れているらしい。
私は酸っぱ~い梅干が食べたい、プンプンにおいのする納豆が食べたい!

果肉の厚い南高梅、白干梅はふっくらとして美味しかったが塩分10~12%はちょっと塩からかった。
一個の梅干でご飯一膳、軽く食べられてしまう。
梅干はここのが美味しいというところが見つからず毎年、違う店や農園のものを取り寄せている。
地に根ざした「酸っぱくて旨~い」白干梅があったら是非、教えてください!
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日常生活、食生活の改善、酢の物が苦手で率先して食べることも買うこともしなかった。
らっきょうはさほど苦手ではないので、一日三粒食べることにした。
生野菜はコンビニの一人前の小さなパックのものを買っている。 ちょうどいい量。
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先週、いただいた和歌山の桃。
野菜室を開けると桃の香りが部屋中に広がる、この上ない幸せ。
「生きててよかった」と想える瞬間。

高校野球が始まった。 スポーツ番組をこよなく愛する実家の母も私も、この時期はTVの前から動かない。
「あの試合の始まりと終わりのサイレン、解っていても空襲警報を想いだして、ドキッとしてしまう」
もし、高野連の方がこのブログを偶然開いたならば是非、サイレンではなく柴又帝釈天の鐘かニコライ堂の鐘の音に変えてください。
by w-scarecrow | 2009-08-08 20:56 | 食 + うつわ | Comments(6)

睡蓮

朝一番で深大寺と植物園に行ってきました。
お昼は蕎麦を食べたい、だったら森林浴+蕎麦で深大寺に決めた。
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熱帯スイレン。 名前を調べたら2通りの名前があったので"スイレン"にします。
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大きな池にスイレンが夏の陽を浴びて浮かんでいる。
本当は小雨か曇りの日の方が情緒があって映えるのだけど・・。
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ハチのホバリング。
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温室へ行ってみた。 南洋のカラフルな花ばかり。
艶やかな深紅の花。 赤が好きなので見とれてしまいました。
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なんか、美味しそうですね。
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組み紐の先っぽみたいな花。 神社が似合う。
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帰りに道端に咲いてた、小っさな花。 

まだまだ、撮ってきたのですが長~くなってしまうので・・。
11時半前には深大寺そばの"多聞"へ、多聞そばという屋号の蕎麦を注文。 すでに混んでいた。
汗が引いてきた。 主張のある食感の蕎麦で旨かった。 
お客さんの何人かは生ビールを呑んでいた。 私は酒好きだが昼間は呑めない。
昼下がりの蕎麦屋で洒落たお爺さんが天ざるの天ぷらを肴に清酒を呑んでいる姿は好きだ。

かつてはヤンチャだったすぐ上の兄(三男)と久しぶりに会った。
「ちょっと相談があって・・」 
小さい頃は隣町の不良たちが攻めてくるから泥団子をいっぱい作っておけ!と命令ばかりしていた。
二十代中頃、青学の前におでんの屋台が出ていて、そこに入ったら偶然、兄貴が部下と呑んでいた。
久しぶりに弟と会えたのが嬉しいらしく、隣にいた見知らぬお姉さんに「あっちにいるのが俺の弟で、悪いけど奴と付き合ってやってくれないか」と掌を合わせてお願いしていた。
そんな兄貴が相談?
仕事がらみの相談なんでホッとした。 兄弟でも2人で会うと気恥かしい。
「じゃあね」と別れて、去っていく私を見送っているのを感じた。
同じことを考えているような気がした。 「だんだんと兄弟、似てきたな」
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深大寺参道から横に入った路、この先の"多聞"がある。 平日のためか人通りが少なかった。
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by w-scarecrow | 2009-08-05 20:09 | 散歩 | Comments(10)

吉野 日干番茶

8月になった。 昨日、今日と東京は涼しく、そうめんもスイカもトウモロコシもかき氷も
まだ先の季節の食べ物のように感じる。
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奈良県吉野の『嘉兵衛番茶』
京番茶、岡山の美作番茶、福井の陰干番茶。
京都・一保堂の『いり番茶』は以前に飲んだことがある。
吉野日干番茶より、茎の部分が多かったような記憶がある。 でも美味しかった。
いり番茶の販売を止めたと聞いたことがあるが、一保堂のonline shopを見たら200g ¥368で販売をしていた。 安~い。

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嘉兵衛番茶、茶葉は落葉みたいだ。
大きな一枚の葉がそのまま入っていたりする。
香ばしくて、全くクセのない番茶。
朝、起きて「今日はガンバルぞ~」というとき(滅多にないが)にはこの番茶がいい。
自然と躰の中の毒素が抜け、芯から活力が湧いてくるような気がする。
血糖値降下、利尿の効能によく、体質を改善するにはもってこいかもしれない。
「花も十八、番茶も出花」まだまだ余地はある。

この番茶を冷やして焼酎と割ったらすごく旨く、つい呑み過ぎてしまったが、次の日には残らなかった。
烏龍茶割りは胃弱な人間にはきつい。

白洲正子が箸は吉野の赤松の箸が一番、口に合うと言っていた。
吉野の桜、葛、柿の葉寿司、鮎、昔から訪ねてみたいところ。
日本一の長距離を走るバスにも乗ってみたい。
奈良八木駅から十津川村を通り、和歌山県の新宮まで160km走る。

美作、福井県勝山の番茶もいつか飲んでみたい。
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以前、宮崎でドラマを撮ったときに準主役をやっくれたMからの芝居の公演の案内がきた。
私は演劇が苦手、どうしても入っていけない、自分が裏方でも端役でも参加するのだったら、この上なく楽しいと想うのだが、観劇は一歩引いてしまう。
なんと言い訳(断り)をするか、役者さんたちから案内状が届くたびに困ってしまう。

演出家の平田オリザさんは大阪大学で弁護士や医者の卵に演劇を教えているらしい。
オリザさんの話にウ~ンと納得した。
「芸術といえば、日本では音楽と美術しか重きを置かない。欧州で芸術といえばまず演劇、そして音楽、美術とくる。演劇は対人関係やコミュニケーションを学ぶには絶好の場なのに、日本人はそのことを政治家も経営者も教育者も知らない。
『めし、フロ、寝る』と必要最低限の会話しか交わさない疎遠な夫婦は、無駄な話をいっぱいしなければいけない、天気の話、プロ野球の話、町の噂話、週刊誌ネタ、食べ物の話題など、どうでもよい話こそ人間関係を作ってゆく」

保育園や幼稚園の発表会には必ずお絵描きと歌と踊りと演劇があった。
小学校へ上がると演劇だけはスッポリと外されていた。

私もほとんどが無駄な、実のない話ししかしていない。 おかげで飲み屋さんとの人間関係は良好。
陽が落ちてきた、そろそろ行ってきます。
by w-scarecrow | 2009-08-01 18:20 | tea | Comments(6)