カテゴリ:散歩

雨上がりの今朝、6時半頃の桜坂の風景。 福山雅治の歌う♪ 桜坂 ♪は大田区田園調布の桜坂、こちらは溜池の東京全日空ホテルの横にある桜坂。
戦争中に焼失するまで大きな桜の樹がこの地にあったことから桜坂と呼ばれていたらしい。


昨夜の雨と風で道路脇の吹き溜まりには薄いピンクの花びらが重なり合っていた。

桜坂とスペイン坂、700mもつづく空を覆うようなソメイヨシノのトンネルを歩く。
ご近所の住人が犬を連れ、桜吹雪の中を散歩している。 歌舞伎町のペットショップで常連さんに買ってもらった小型犬ではなく、この辺りでは大きな犬が多い。



都心の桜、港区はお寺さんや神社が多い地域、境内や参道、墓地横に植えられた歴史ある桜の樹を観る機会も多い。
つい数日前までは満開の桜だったのに、今は陽の当たる場所に咲く花は葉桜になっていた。


近所に数年前にできたコンビニ。
開店当初から勤めている女の子がいた。
まだ仕事に慣れない頃、おでんの玉子とこんにゃく、厚揚げを注文したらトングで玉子を掴むのに四苦八苦していた。目の前にお玉があるのに・・・。
眼鏡をかけた細身の地味めな子、ブラバンでいえばクラリネット担当。
ファッション雑誌は殆ど見ないようなタイプの子だった。
仕事にも慣れ、職場へと向かう彼女は髪型も変わり、少しづつ控えめな今風の女の子へと変わっていった。
近くの公園で開かれたフリーマーケットへは草食系の男の子と連れ立ち串に刺さったおでんを食べていた。
初めて、彼女の笑顔を見た。
もともと美形な彼女、どんどんと洗練された女の子と変わってゆく。
先日、呑んだ帰り道、私の前を彼女が歩いていた。 久しぶり見る。
もうコンビニは辞めたみたいだ。
フラフラと歩く彼女はオロナミンC のビンを片手に持っている。
何やら呟き、公園脇の桜の花の下をゆっくりと、よろよろと歩いていた。
がんばれっ!! クラリネット。

金曜日の午前中、西麻布のギャラリー桃居で 『大村剛・吉田次朗 二人展』 を観て外苑西通りを自転車で走り実家へ寄った。
北里通りの昔からある豆腐屋で絹豆腐を2丁、隣りの大久保だんごで赤飯を買っていった。
母はTVで大阪桐蔭vs浦和学院の試合に夢中になっていた。
「ケンタッキーのチキンと豆腐と・・・買ってきたよ」
「あら、昨日散歩のついでに豆腐と赤飯を買ってきたのに・・」
被ってしまった。

まだまだ元気でいてくれる母にひと安心して帰路へ。 去年の12月に open した第3の代官山の名所、蔦屋書店と T-SITE GARDEN へ寄った。
かつては真っ暗で行くのも恐かった代官山近辺、ヒルサイドテラスができお洒落な街への変貌。
同潤会代官山アパートとが取り壊され代官山アドレスに変り、今度はT SITE GARDENが新名所 となった。

1~2時間、時間を有意義に過ごせる本屋さん、内外の雑誌や充実した各専門書、あっという間に時間が過ぎてしまう。
本、文具、CD・DVD,カメラ屋、おもちゃ屋、ペット関係の店、自転車屋、Cafe, Bar,家族連れもペット連れも楽しめるスペース。



西郷山公園の小山の真ん中に一本の河津桜が花開いていた。


手前の染井吉野はまだ固い蕾の様子。
幼児たちが小山の頂上に向かって走り廻っていた。
東京の下町も山の手もどの街を歩いていても路地で小学生が遊ぶ姿を目にすることは殆どない。
数々の遊びのツールがあるとはいえ、部屋の中で架空の世界を浮遊している子供たちを想像すると淋しい。
外で走り廻るのが君たちの仕事なんだから・・・。

渋谷区富ヶ谷、東大駒場校舎の裏にあるフレッシュネスバーガー1号店、不便な立地、今にも壊れてしまいそうな平屋建てのノスタルジックな店舗。
想い入れかもしれないが、ここの Hot Dog はタマネギとピクルスのみじん切りがたっぷりとかかっていて格別に旨い!

桜舞う頃、散り際の美しさ。 にほん人はどんな時でも儚さに目がいってしまう。

暖かさに誘われて公園には幼児を連れた初々しいお母さんたちがたくさんいた
公園の真ん中の小山の頂上に向かって
子供が走っている
ベビーカーを停めて お母さんが追いかける
だれが「ヨーイ、ドン!」と言ったのかは知らないが 走る 前だけを見て 走る
ゴールテープを潜り抜け走っている
お母さんのお爺ちゃんのそのまたお爺ちゃんの頃からそこに立っている
梅の古木の間を走っていく
母親の声も聞こえず
風だけを従えて走っていく

周りに梅の木がないこともあるが
今春 初めて見る梅の花

路の真ん中で鏡が人止めをしていた
映る景色が色っぽくない
3月6日 いつもの帰り道
レミオロメンの ♪ 3月9日 ♪ を聴きながら

2月29日、うるう日。 4年に1度のこの日に東京で雪が降ったのは60年ぶりらしい。
水を通しにくいハイカットのスニーカー、靴下の上にビニール袋を履き足元だけでも濡れないようにした。
3年以内に70%の確率で震度7近くの地震があるとの発表があり、いつも頭の片隅に赤いランプが点滅している。
被災地では海水や泥水で傷んだ写真の修復作業がずっとつづけられているらしい。
いくつもの笑顔がボランティアたちの手で甦っているのかもしれない。
私の部屋にはアルバムが4冊ある。 数年に一度しか開くことはない。
20歳以降の写真はめっきり少なく、バラバラに写真屋さんの袋に入ったままだ。
外国の家庭のように家族や大事な人の写真をフォトスタンドに入れ、リビングや寝室に飾ることはない。
定期入れや財布やバックに忍ばせておくこともない。
ずっと閉じたままだ。
PC に取り込んだ写真の数々、クリックすれば鮮明な画像が現れるが、想い出の一コマがある日突然に消失してしまうかもしれない。
東京は昨日とうって変わって14度くらいなるみたいだ。 今年は梅の見頃と桜の開花が重なってしまうかもしれない。
飛行機の機内食で「chicken or beef ? 」と訊かれて「both 」と答えた仕事仲間がいた。
今春の花見はどこに行こう?


暖かな日差しを浴び吉祥寺散歩。
紅茶の茶葉専門店、ユザワヤ、パン屋、洋菓子店、日本各地の野菜や
特産品を集めた商店などで買い物をしながらの散歩。
この街は所々で動物たちの姿を見かける。
街にもショーウィンドウの中にも。





ミーの人形を一瞬「買おうかな」と思ったが、店内は若い女の子ばかり、「ちょっと訳あって、離れ離れになった娘のために・・・」というウソも口が滑らかに回らなそう。









東急百貨店の裏の広場で Freeasy Beats という兄弟のユニットの屋外ライブが行われていた。
足を止め聴きいっている人が多かった。
私も最後まで聴いていた。 心に沁みる歌詞に歌声だった。 フォローしてみようっと。






可愛らしい動物の置物や店先に咲く花を愛でながら、井の頭公園の池でボートを漕ぐカップルに「やばいぞ、ここのボートに乗るのは!」と呟きながら、ケーキの箱を持ち" いせや " の焼き鳥の匂いに誘われガソリンの給油時間とした。
Tags:#Freeasy Beats

2012の初夢は朝、電話のベルが鳴り、枕元で受話器を取ったときに一瞬にして消えてしまった。
薄っらと憶えているのは箱根湯本の干物屋さんで試食をして、アジの干物を買っているシーンしか想い浮かばない。
榮倉奈々が出演することを念じて床についたが、空振りに終わってしまった。 でもほのぼのとした初夢でよかった。

1/3、表参道は溢れんばかりの人、人。 交番横に”吹け!吹け!福嵐”と書かれた大きな絵馬に代わる代わる女の子たちが写メを撮っていた。
待ち受け用の写真にするのかもしれない。
”福嵐”のまん前で係員に注意をされながら写メを撮っているおばちゃんもいた。 今まで待ち受けにしていた韓流スターの画はどうするんだろう?

「わーっ大吉だ!!ねぇ、大吉の上ってあるの?」 「超大吉・・・」
東郷神社でほんわかカップルが大吉のクジを結んでいた。 暖かな冬の陽射しの中、心和む正月の光景。
その横で一人で参拝に来た、私と同年代の男性が凶であろう?クジを結んでいた。 その姿を見ていたら、
♪ 悲しみに出会うたび あの人を思い出す こんな時そばにいて 肩を抱いてほしいと・・ ♪ 中村雅俊『ふれあい』の悲し~い歌詞が浮かんできてしまった。
「いい一年にしようぜ!

陽が落ち始めてきた。 明治神宮の入り口ではまだ人の波が交差していた。
過ぎた一年は振り返っても仕方がない、だだ根拠のない安全神話への自然からのしっぺ返しは過酷すぎた。
昨年までは知らずと安産、子宝に功徳がある神社に掌を合わせていたが、今年の初詣は勝負事の神様である東郷神社で『勝守』と書かれたお守りを求め手にした。
煩悩を払拭する108の鐘の音を ” ゆく年くる年 ” で聴きながら考えた、昨年までの渡辺謙みたいな?!キャラは捨て、今年は高田純次のように生きようと心に決めた
WILLCOM のハナシコム枕、au でも出してくれないかな~。 ハナシ(au )アウ枕。

12月13日、世田谷区奥沢にある浄真寺まで自転車をとばした。
茶沢通りから国道246、自由通りを抜け九品仏まで30分で着いた。
朝6時50分、すでに参道や本堂へ向かう通路はご近所のボランティアの人たちによって落ち葉が集められていた。
間に合わなかった。 掃除する前に来たかったのに。


総門まで 100m の参道がつづいている。

仁王門、そして東門が望める。



上品堂、その隣りに中品堂、下品堂の3つのお堂があり、一堂三躰、計九躰の阿弥陀如来像が安置されている。







1678年に開山した浄土宗・九品仏浄真寺、300年前にこの地で暮らしていた人々も明治時代に生きた人々も空襲の中逃げ惑った人々も、この紅葉に息を呑みこの風景を愛でていたんだろうなと想いを巡らした。
先週、皆既月食を坂を上りながら眺めた、近くの児童公園でも何組かのカップルが空を仰いでいた。
萩原朔太郎の詩集『月に吠える』、”月に吠える犬は自分の影に怪しみ恐れて吠える”
ほろ酔い気分で急坂を上り、月に照らされた自分の影に怯える、何か納得しながらカップルと同じ月を眺めながら夜の街を歩き帰った。
時間の経過に速いも遅いもないが師走だけは一日が20時間しかなのかと思うほど、走り去る。
老母からの電話で正月はいつ来るのかと訊いてきた。 自転車で20分の距離なのに。
きっと兄夫妻がデパートのおせち料理のセットを発注しているし、僕は元旦の日にお雑煮を作りに行くので何も買わなくていいよと言った。
「じゃあ酢の物くらいは作っておこうかね、タコも買わなきゃいけないね」
母の気分はクリスマスをポンと飛び越して正月へ行っていた。

冷たい冬の雨が上がった土曜日の昼過ぎ、駒場東大前の”ル・ルソール” へパンを買いに。 まだ温かいパン・ドミ。

加賀前田家・前田利為侯爵邸(駒場公園)を抜けて帰った。 見事な枝ぶりの銀杏の木。
静寂の中の黄色の世界。
木々の衣替え。
樹木は葉を落とし枯れて朽木になるならともかく、春になれば青々とした葉っぱが生えてくる。
裸木になっても冬の寒さに震えるわけではなく、はるな愛のように木肌はぶ厚い。
そんな木々の衣替えを感傷的に眺めている。

口づさむのはイヴ・モンタンの 『枯葉』 ではなく、『夜明けのスキャット』。
アメリカだけではなく、欧州、アジアでもトップチャートに上がっているらしい。

ピンク・マルティーニのアルバム "1969" 。
1969年、東大安田講堂、ベトナム戦争の泥沼化、ウッドストック、アポロ11号の月面着陸・・・。
あの熱いムーブメントが頂点に達した1969年、そんな時代の中で由紀さおり(何故、姓ではなく名を重ねた芸名にしたんだろ?)の
歌う、あの静かなスキャット曲がヒットした。 人々が求めていたやすらぎ。
ピンク・マルティーニがアメリカの片田舎の中古レコード店で、南沙織の ♪ 色づく街 ♪ や桜田淳子の ♪ この花は私です やっと綺麗に咲いたのです・・・ ♪ のレコードを手に取っていたら・・・と、いつものように想像が膨らむ。

書院造りの和館の大広間からの眺め、雨どいから漏れ落ちる雨水の音だけが聞こえる。

今朝、青空に縁取られた窓を開けると白く冠雪した富士山がくっきりと見えた。 いつ冠雪したんだろう?
遠い景色を何日も何週間も見ていなかったんだ。
今日は大好きなセサミストリートのクッキーモンスターの誕生日だとラジオで知り、歩きながらも、改札を抜ける時でも 「cookie~ cookie! 」とひとり小声で呟き、なぜか楽しい一日だった。 cookie!

昨日はこれぞ日本晴れの秋の空、外苑前から青山一丁目を通り、狸穴へ向かった。
途中、乃木神社で家族の健康を祈願した。 軍人の乃木大将に健康を・・・と思ったが、商売や演芸の神様よりは功徳があるような気がした。




ビルの壁面に反射した強い太陽光の中を歩きつづけ、神社の境内の大木にふと身を寄せると生命の力強さが伝わってくる。
六本木の交差点の先の狸穴のギャラリーへ、岐阜県多治見でオッと唸るような見事な急須や注器を作っている駒井正人さんの作品を見に行く。

途中に Hard Rock Cafe Tokyo がある。 一瞬、横浜の佇まい。
建物の横を見ると壁にゴリラがぶら下がっている。 「お疲れさん!」


右の写真は三軒茶屋の茶沢通り沿いでビルを破壊しているゴジラ。
クッキーモンスターがぶら下がっていれば楽しいんだけど。

六本木と池袋の街は用が済んだら、すぐさま抜け出したくなる。
スタスタと麻布十番まで下り、大江戸線に乗り代々木まで。

何年か前に行ったドイツビールが数十種類も置いてあるドイツパブに寄っていこうと思っていたが、数日前からの咳と鼻水の風邪がまだ引かず、諦めることにした。 豚肉のビール煮がとびっきり旨い店なんだけど・・・。
代々木駅から住宅街を抜け小田急線の南新宿駅へ向かうと、昭和を想わせる商店街がある。
ふと、ビーサンをつっかけて商店街の肉屋へコロッケを7個買いに、全力疾走していた小学生の頃の風景が浮かんできた。

昨日はこれぞ日本晴れの秋の空、外苑前から青山一丁目を通り、狸穴へ向かった。
途中、乃木神社で家族の健康を祈願した。 軍人の乃木大将に健康を・・・と思ったが、商売や演芸の神様よりは功徳があるような気がした。




ビルの壁面に反射した強い太陽光の中を歩きつづけ、神社の境内の大木にふと身を寄せると生命の力強さが伝わってくる。
六本木の交差点の先の狸穴のギャラリーへ、岐阜県多治見でオッと唸るような見事な急須や注器を作っている駒井正人さんの作品を見に行く。

途中に Hard Rock Cafe Tokyo がある。 一瞬、横浜の佇まい。
建物の横を見ると壁にゴリラがぶら下がっている。 「お疲れさん!」


右の写真は三軒茶屋の茶沢通り沿いでビルを破壊しているゴジラ。
クッキーモンスターがぶら下がっていれば楽しいんだけど。

六本木と池袋の街は用が済んだら、すぐさま抜け出したくなる。
スタスタと麻布十番まで下り、大江戸線に乗り代々木まで。

何年か前に行ったドイツビールが数十種類も置いてあるドイツパブに寄っていこうと思っていたが、数日前からの咳と鼻水の風邪がまだ引かず、諦めることにした。 豚肉のビール煮がとびっきり旨い店なんだけど・・・。
代々木駅から住宅街を抜け小田急線の南新宿駅へ向かうと、昭和を想わせる商店街がある。
ふと、ビーサンをつっかけて商店街の肉屋へコロッケを7個買いに、全力疾走していた小学生の頃の風景が浮かんできた。


東十条で黒松のどら焼きを買い、京浜東北線に乗り御徒町まで。

大きな袋を持ったアジアからの観光客も多かった。 行き控えだった観光客も少しづつ回復しているのかもしれない。



御徒町駅からさほど距離のない台東3丁目、小島近辺には懐かしき東京の家並みが多く残っていた。
長屋の玄関先には色とりどりの花が咲き、陶器の火鉢には金魚が泳いでる。
火事と喧嘩は江戸の華というが、花と金魚も東京の華、下駄をつっかけたおばちゃんが玄関先で植木の手入れをしている。



午後2時過ぎなのに町の中華屋さんには人が次々と入ってゆく。
とんこつ和風こってり味ではなく、昔ながらの鶏ダシの支那ソバを食べさせてくれるのかもしれない。


錆びたトタンまでもがアーティスティックに見えてしまう。

一瞬、中南米。


平成小学校近くの銅貼りの家屋、見事なまでの緑色に見とれてしまう。

小島から三筋へ来ると、道幅が広くなり木造家屋が少なくなった。 町工場が多く整然とした町並。

立派な破風の銭湯、ゆず湯や菖蒲湯のときには来てみたくなる。 ♪ 小さな石鹸 カタカタ鳴った 窓の外には神田川 ♪ の'70年代フォークの世界とはちょいと趣の違う銭湯。

やっと蔵前橋まで辿り着いた。 ヘッドホーンで聴いていたノスタルジックな中山うりの曲が終わり、秦基博に変っていた。
蔵前といえばかつて国技館があったところ。 欄干のモチーフもお相撲さん。

遠くに厩橋と東京スカイツリーが望める。 曇天の下町散歩、もう気分は『ALWAYS / 三丁目の夕日』になっていた。
4時半過ぎ、小雪がいそうな下町の粋な一杯飲み屋はどこも開いていなかったので、渋谷の立ち飲み屋で肉豆腐をつまみながら
一杯やった。
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