winter's scarecrow

カテゴリ:そのほか( 243 )

嬉し、悲し

味噌汁を作るたびに嘉門達夫の替え歌、♪ かつお風味のフンドシ~ ♪ のメロディーがよぎる。
そんな訳でかつお出汁ではなく、煮干しの出汁が多くなってしまう。

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TV を点けるとAKB や韓流の女子ユニットばかりですぐにチャンネルを替えてしまう。 テリー伊藤が映ったときには瞬間的にBSに替える。
女子の集団でも今朝のTV は日本中を感動の渦にしてくれた<なでしこ>たちが気分を爽快にさせてくれた。

久しぶりにマッサージを受けに下北沢へ。 揉みっぱなし30分で¥2500。
マッサージ師は毎回かわらない。
私の担当は185cm以上はありそうな張くん。 NBA の中国人スター姚明(ヨウメイ)に似たがっちりとした美男子。
張くんは結構、揉み方が強い。 時折、ちょっとそっち方向の人かなと想わせる仕草をする。
「有働アナ、最近可愛いくなったじゃん」と思うときの自分が怖いのと一緒で、「このままされるがままに・・・」と一瞬でも思ってしまうのが怖い。
そんなことを想いながら、あっという間に30分が過ぎてしまった。


昨日、ラジオから原田芳雄さんの訃報が流れてきた。
家を出て駅に向かう途中、原田さんの家の前で掌を合わせた。 報道陣はすでに何社か来ていた。
帰宅時、映画『カンゾウ先生』の一コマのように自転車に乗った柄本明さんが私を追い越して原田邸の方向へ走って行った。
原田邸の前は報道陣のフラッシュが何度もたかれ、到着した車に群がっていた。

早朝、ランニングウェアーを着て、犬の散歩をする原田さんの格好いい姿をもう見ることができなくなった。
1970年以降の日本の映画史に欠かすことのできない名優が逝ってしまった。
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by w-scarecrow | 2011-07-20 19:07 | そのほか | Comments(2)

ジャニスに癒されて

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花オンチの私はもちろん「なでしこ」という花がどんな花なのかは想い浮かばない。
小さいころから「大和撫子」という言葉はずっと耳にしてきた。

先日、検索をして初めてなでしこの写真を見た。
カワラナデシコという繊細な氷細工みたいな花がとても愛おしく感じた。
胸に抱いたわが子を優しく撫でる、そんな慈しみたくなる花とエッセイに一文があった。

そんな「なでしこ JAPAN 」が、ずっと重石をのせられたような日々の連なりを、さっと断ち切ってくれたような気がした。

下北沢の wine bar のカウンターに座り、日暮れの街を往き交う人々を2階の窓越しに眺める。

3月11日以来、今まで感じていなかった事柄が頭の中で交錯している。
そんな想いを blog に記そうと思うと初めの一行が書けない。
色々な想いがあるのに整理できない。

願望も希望も批判も、文字にすると紙一枚より軽くなってしまうような気がしてしまう。


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ワインボトルの底をくり抜いた照明が面白い。 壁にごく普通のティーンエージャーみたいな笑顔のジャニス・ジョプリンの写真が飾られている。

ジャニスといえば " Move Over "がすぐ浮かぶ、でも暑さのつづく夜は " Summertime " を聴くのもいいかもしれない。

「なでしこ」を「常夏」という呼び方をしていたと初めて知った。
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by w-scarecrow | 2011-07-16 23:03 | そのほか | Comments(6)

家 出

越後上布という麻織物がある。
雪に覆われた豪雪地帯に春が近づく頃、新雪の上に織物を敷き雪にさらす、
太陽の光で雪が蒸発をするときに発生するオゾンが麻本来の色素を分解し、透き通るような白が生れるという。
生成りの麻の布地が光と雪で純白に変化する。

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人工的な色彩に包まれた街やモノトーンの湾岸の街を歩いていると不安感や孤独感を感じる。

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植物の育みの恩恵で染色された布地のやわらかさな風合い、自然から享受された古びとの英知。
そんな彩りをイメージしながら心の置き場を探し歩いている。

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作家・壇一雄はなんの前触れもなく、突然旅に出る。
家で家族に囲まれているときは家出の準備期間だったという。
家出をして世界中を放浪し、その土地のものを食す、呑む。 旅のお土産は訪れた国々の料理を家族に作ってあげることだったらしい。

「この地上で買い出しほど好きな仕事はない。あっちの野菜屋からこっちの魚屋へと、日に三、四度は買い出しにまわっている」
壇流クッキングの本まで出している。
私も買い出しが好きだ、旬の野菜や魚を買って帰るのが愉しみでならない。
放浪、男の本望かもしれない、待っている人がいるからこそできる家出。

壇一雄が1年3ヶ月を過ごしたポルトガルのサンタクルス。
大西洋に面した光と色鮮やかな街へ、私も行ってみたい。 家出ではなく放浪。
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by w-scarecrow | 2011-07-09 21:02 | そのほか | Comments(2)

泣き笑い人生

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今日の東京は自転車日和。

朝、家を出るときは少し肌寒く感じたが

走っているうちに躰が温まり、風が心地よかった。














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今日は自転車を漕ぎながらヘッドホーンから落語が流れていた。
名人、五代目・古今亭志ん生
志ん生は大正12年の関東大震災の時、皆が家財を背にし逃げ惑っているさなか、真っ先に酒屋に向かったという。
酒屋の大将もそそくさと避難し、案の定誰もいない酒屋でちびちびと酒をあおっていたらしい。
高座で稼いだ金は酒と女に消えてゆく、名人と言われ出しても長屋の貧しい暮らし。

「貧乏はするもんじゃねぇ、味わうもんだ」

志ん生と弟子との面白いエピソードがある。

部屋から池をボーと眺めていた志ん生が弟子を呼び、
「池の淵んとこに、おまえ、鳩が止まってんだろ」
「はぁ、珍しい色ですね、あの羽。何色っていうんですかね」
「そんなこたぁ、どうでもいいんだよ。 俺、さっきから見てんだけども、あすこから一時間も動かねえんだよ。
何考えてっか解るか、おまえ」
「鳩がですか? さぁ、何考えてんでしょうね」
「ひょっとすると身投げだ」

息子の志ん朝は「噺家は歩きながら貯金ができる」と言っていた、寄席へ行く道中に稽古をしていたほどの稽古熱心。
志ん生は境内で毎日稽古をしていたという。 (故林家三平一家と比べてはいけない)

「他人の芸を見て、あいつは下手だなと思ったら、そいつは自分と同じくらい。 そいつは自分と同じくらいだと思ったら、かなり上。 うまいなあと感じたら、とてつもなく先に行っている」

天衣無縫な生きざまを見せてくれていた志ん生。 人々を引きこんでしまう神業の喋りを聴きながら街を走った。
街を歩いているお洒落な女の子も皆、三軒長屋住まいの町娘に見えてきた。

「酒が一番いいね。 酒というのは人の顔色を見ない。 貧乏人も金持ちも同じように酔わしてくれる」

すっかり帳が降りたので、ちょいと一杯引っかけに行ってきます!
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by w-scarecrow | 2011-05-25 20:52 | そのほか | Comments(10)

「もういーかい・・・!」

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峠道を
ちょうちょのあとから
のぼってゆくと
ちょうちょはいなくなり
わたしだけがのぼってゆきます

森へちょうちょと
入ってゆくと
わたしがいなくなり
ちょうちょだけ とんでゆくのが
見えます



先月亡くなられた童話作家・詩人の岸田衿子さんの(故岸田今日子さんの姉)不思議な世界。

北国の空に鯉のぼりがたなびいていた。
その後ろには新緑の山々がごそごそと楽しそうに蠢いている。 
山が笑い、子どもたちが笑い、みんなが笑い、みんなで風を集めて空高くはためいてほしい。

目を閉じれば「もういーかい・・・!」 「ま~だだよ!」 そんな声がこだまとなって聞こえてくる。
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by w-scarecrow | 2011-05-07 18:36 | そのほか | Comments(7)

転校生

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都庁の中庭から新宿中央公園の桜が見える。
元々は巨大な淀橋上水場があり、西口再開発で20~30年のスパンで今のようなビル群が出来上がったところ。

1960~70年代の東京の街の変貌は、ひらがなからカタカナに一気に変わっていった。
私の通った小学校は大使館が周りに多かったせいか、アメリカ人、チェコ人、台湾人の生徒が通っていた。
少年野球チームの4番打者もジミーというアメリカ人。

そんな中、雪国からのたくさんの出稼ぎの人々が道路やビルの建設現場で働くためにやってきた。
うちのそばに引っ越してきた一級下のM君、岩手から家族でやってきた。
お母さんがいた記憶はない。

方言やアクセントの違いがあるので、引っ込み思案になり殆ど言葉を発しない。
戦争ごっこや探検ごっこやローラースケート、いつも引き連れ遊びまわっているうちに少しづつ話すようになってきた。
ドイツ軍役のジミーとトーマスの兄弟とも、東北地方のアクセントでちゃんと喋っていた。

運動会の日、料理が苦手な母が「お昼はM君もS君(共稼ぎ家庭)のお弁当も作ってあるからね」と言っていた。 すげえ~っ。
校庭でゴザを敷いて家族ごとの昼食、MもS君も俯きながら醤油色ばかりのおかずのお弁当を食べていた。

映画「転校生」のラストシーンみたいな涙のある別れはなかった。
ある日、突然M君一家は引っ越していた。 まだ転校してきて一年も経っていなかった。
また家族で次の建設現場に移ったんだろうか。 別れの予感も言葉も全くなかった。
それから、何年間もM君の父親から秋になると新米がわが家に送られてきた。

つくば市が福島からの被災者に対して放射線検査証明書を求めた。 人としての尊厳、それまで奪おうというのか。
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by w-scarecrow | 2011-04-20 08:18 | そのほか | Comments(4)

季節の小箱

「幕の内弁当のなかに日本人の美意識が詰まっている」と高名なデザイナーが言っていた。
弁当のフタを開けると四季折々の色が華やかに舞っている。 それぞれが自己主張をするわけではなく、互いの良さを引き立て融合しあっている。
その中に日本人の他者への思いやり、慎ましさ、調和性が詰まっている。

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美術工芸や文学だけでなく生活の全てにおいての日本人の美意識、言葉、立ち振る舞い、食、自然への畏敬、色彩感・・・。
"詫び寂"からくる、余白、余情、行間を読む感受性を持っているのかもしれません。
海外のジャーナリストが誰しも驚く、災害時での日本人の冷静さ。 それは知らずと身についている所作の美意識なのかもしれない。

伊勢丹のB1で『季節の小箱』という旬の野菜を散りばめたお弁当を買ってきた。

世の中のお父さんたちが、仕事帰りに一杯ひっかけることもできず、まっすぐ家に帰りローソクの灯りの下で奥さんが買いだめをした納豆やシマダヤの焼きそば、カップ麺を「おかわりOKよ」と言われながら食事をしている姿を想い浮かべると申し訳ない気がする。

お父さんの朝食は買い過ぎた牛乳をふんだんに使ったクリームシチューにトースト3枚かもしれない。
がんばろう! 日本のお父さん。
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by w-scarecrow | 2011-03-24 20:33 | そのほか | Comments(2)

歌を口づさんで

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至難に遭ったとき

音楽で救われることがある。


東京大空襲の翌日の3月11日 焼け野原になった東京の街の夕焼け空。

「空はあんなに美しくてもよかったんだろうか」

詩人の吉原幸子さんは綴っていました。


これからの話ですが 心のケア

誰しも音楽で救われたことがあると想います。

楽しかったあの時 しんどかった日々

歌を口づさみ 乗り越えてきた時々を想い浮かべ・・・。

そんな音楽を届けられればいいですね。
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by w-scarecrow | 2011-03-13 23:13 | そのほか | Comments(4)

揺れた、うねるように揺れた

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揺れた、地面がうねっていた。
自転車で明治通りを走行中、信号で停車しているトラックやバスまでが大きく回転するように揺れていた。

ビルから人が連なって外へ出てきた。

6時過ぎ、家へ戻ったら想像通りに本棚から本やDVD,CDが落ち、食器棚の硝子扉が開き、うつわの半分が床に散らばり粉々になっていた。「あ~あ」としか言葉がでない。

今、破片を3個の段ボールに入れ一息、もうこのままにしてTVで東北各地の被害状況を見ることにした。

うちはうつわで済んだが、もっともっと生きていくのに不可欠なものを失っている人たちの状況が映し出されている。

余震が東京でもすっとつづいている。


この寒さの中、電気が止まり不安を抱えながら夜を迎えている人たち、早く沈静化してくれることを願います。
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by w-scarecrow | 2011-03-11 20:34 | そのほか | Comments(8)

町の自転車屋さん

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今週に入って2度目のパンク。
月曜の夜は酔っ払い運転で、横にコケて大きくスライド。 打撲箇所、擦り傷多々。 タイヤもパンクしていた。
2度目は今日の午後、♪ 六本木心中 ♪を歌いながら渋谷の街を颯爽と走っていたら、スゥーと後輪が縮みパタパタになってしまった。

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アン・ルイスがまずかったのかも。 自転車を押して20分、おじさんの自転車屋へ。
ここの自転車屋さんとは20数年の付き合い、おじさんの野球チームとも試合をしていた。

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普通パンクを修理するには長くても15分で済むが、おじさんとこへくるときは40~50分の修理の時間を要す。
今の若者たちみたく『・・しながら』の『ながら族』ではない。
喋りながら修理ができないタイプのおじさん、ちゃんと手をとめて話す。

もう80歳を越えているが、記憶は鮮明。 戦中は芝浦高専で野球をやっていた。
フォークボールの神様、杉下茂や関根潤三の話から始まり、戦中、戦後のアマチュア野球の歴史を熱く語ってくれる。

だいたい長嶋茂雄が巨人に入団するころには40分が経過している。
中学時代の日本史の授業と同じで高度成長期の始まりあたりで終わり、春休みに入る。

私も野球の話をしているときが一番幸せな時間。つっけんどんな東京弁で喋れるのが嬉しい。 
「また、話においで」と帰り際に言う。
おじさん、まだまだ頑張って! 
次は長嶋入団以降の話をしようね。 毎回、前編で終わってしまうから、今度は巻き戻さないで再生ボタンを押しましょうね。
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by w-scarecrow | 2011-02-24 19:11 | そのほか | Comments(4)