winter's scarecrow

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ちんちん電車

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子どもがひとりでも乗れた都電、車内には黒カバンを持った車掌さんがいた。 

車掌さんに行き先を訊かれ、パチッと挟みを入れた切符をもらう。 憧れていた大人の世界。

もちろん木製の長椅子には座らず、運転手さんの真後ろへ。 発車するときは「Й※Φ⊿∥♂#」とよく解らぬ独り言を発っし、チンチンという音を鳴らし発車する。

「かっこいい~」

外の風景がゆっくりと流れます。果物屋のスイカの値段まで見える。 並走するカブに乗った蕎麦屋の出前のお兄ちゃんの剃りすぎた眉毛も見えます。

運転手さん、車掌さん、客、全てが見える小さな空間。 曲がるとき一斉に揺れ、よろけて人の膝に乗ってしまう人もいた。
皆、そんな姿を笑顔でつつんでいた。



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小学低学年の私のも「兄貴!(とは言わなかったが)」慕ってくれれる子分がいた。 NHK の職員の息子の M くん。

” ブーフーウー三匹の子ぶた ” の人形がほしいと言ったら「ムリです」と言われた。

都電広尾車庫には中目黒~築地、渋谷~金杉橋、四谷三丁目~六本木を走る都電たちの寝床である。 M くんはどうしてもその都電たちがいっぱい集まる天現寺にある広尾車庫に潜入したいと計画案を何度も言っていた。

「分かった、俺にまかせろ、俺が連れて行く(ブーフーウーの人形たのむ!)」

広尾車庫の入口の門番のオジサンに「社会科の宿題で車庫を見たいんです」と訊いたら、「なに小?」「K小です」「邪魔にならないようにな」とすぐにOK。簡単じゃん!
後々、ロケハンでの撮影交渉もこの乗りで・・。

目まぐるしく車庫を往き来する都電に M くんは瞬きもせず唸っていた。 「おい坊主!餅くいてえか?」と整備士さんに促され休憩室で熱々の磯辺焼きをご馳走になった。

そんな緩やかなちんちん電車の思い出。 M くんはその後恒例の縁故採用で NHK に入局した。 「ブーフーウーもらっていないぞ、『 ひょっこりひょうたん島 』でもいいんだけど・・」


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路面電車の走る街が好きだ。 札幌、函館、富山、岡山、広島、松山、長崎、鹿児島と一度は乗ってみたい阪堺の路面電車・・歴史と庶民の息遣いのある街。


一週間のチョコレート断ちが明日のバレンタインデーで終わる。

Meiji の " 大人のきのこの山 " も " 大人のたけのこの里 " も、ずっと買わずにガマンしてきた。

義理でも情けでもなんでもいい、ちょいと気取ったカタカナ名でもなんでもいい、美味しい生チョコが食べたい。 




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by w-scarecrow | 2017-02-13 23:02 | my back pages | Comments(0)

明日への手紙 ♪

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なんかこのショットが好きなんです。


手嶌葵の ♪ 明日への手紙 ♪ クリック をしてください。

透きとおった歌声が沁みます。


たとえばグラスにワインが半分残る、それを「半分しか残っていない」と嘆くか、「まだ半分ある」と見るか・・・・、私は後者。


永六輔が言っていた「若いときはいろんな人に迷惑をかけて生きてきた、年を重ねてやっと今、少しづつ恩返しをしようとしている」

明日もまた、健やかに友たちとくだらない話をしたい。

友だちの会話の行間にいつもの「ありがとう」。 

だだ少しばかりの艶気が加わるとあるとグッと会話が弾むんだけど・・なぁ。


「明日へ・・」
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by w-scarecrow | 2017-01-23 02:53 | my back pages | Comments(0)

それはいつも夏

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胸がキュンとするような思い出、それはいつも夏。

記憶のページに記された文字は長い時間に薄れつつあるものの、あの感触は間違いなく躰のどこかにしまわれている。

音楽や映像や街の匂いがふいにその扉の鍵を開けることがある。


高2の夏、リバイバル上映で飯田橋の椅子の固い映画館で観た覚えがある。 
1970年代初めの映画『 八月の濡れた砂 』。

いつもリバイバル上映2本立ての映画館でデートすることが多かった。 3時間、会話をしなくて同じ感動を共有できる。

爽やかな青春映画ではなく、なにをやっても満たされない、なにをやっても感動が持続しない、にも拘らずほかに方法も思いつかないで、同じことを繰り返してしまう若者たち・・。

レイプシーンもあったので高校生の私にも隣で自作のサンドイッチを食べていた彼女にも刺激が強かった。

湘南の海、そこにたむろす男女、自虐的な日々、自分の知らない世界に衝撃を受けた。

彼女の住む新宿番衆町まで暑い夏の夜道を無言で帰った覚えがある。歩きながら整理をしようとするのだがまだそれだけのキャパがなかったのかもしれない。



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" 八月の濡れた砂 " で流れていた石川セリ(井上陽水の妻)の同名曲が、今では聴くことはないが強く心に残っている。


                私の海を 真赤にそめて
                夕陽が血潮を 流しているの
                あの夏の光と影は
                どこへ行ってしまったの
                悲しみさえも 焼きつくされた
                私の夏は 明日もつづく

                打ち上げられた ヨットのように
                いつかは愛も くちるものなのね
                あの夏の光と影は
                どこへ行ってしまったの
                思い出さえも 残しはしない
                私の夏は 明日もつづく

                                   作詞:吉岡オサム



夏休み。楽しいことも心痛むことも、まだ見ぬ世界を知ることも、たった一か月でその全てが突如やってくるかもしれない。
そんなひと夏の経験で、他人の心の痛みも知るんだろう・・。

と「夏」を語っているひとり者の言葉には説得力がない。

カラオケでサザンの ♪ 真夏の果実 ♫ を歌い、「わっ、うちのお兄ちゃんより湘南っぽい」と言われ有頂天になっている自分が切ない。
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by w-scarecrow | 2015-07-19 20:18 | my back pages | Comments(0)

サムライ

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今年一年を振り返る映像が各局で流されている。

紺色のバーバーリーのワンピースを着て顔に光るラメに、今にも涙がこぼれ落ちそうな小保方さんに心揺れたおっさんも少なくはない。

割烹着を見て思い起こす映像。

私の母が割烹着姿でハエ叩きを持ち、あっち行ったり、こっちへ行ったりしている画。


私が NHK の子供番組 " 三匹の子ぶた " を観ながら TV と一緒に ♪ ブーフーウー 三匹の子ぶた 一番上はブー ブーブーブーにぶつぶつ屋 二番目はフー フーフーフーのくたびれ屋・・・♫
と大声で歌っていると、

「やめなさい!テレビを消して!」と、ハエ叩きを持ちながら、「おとうさん!電話・・長距離だから、早く」と叫びながら階段を駆け上がってゆく。

長距離電話のときは母は走る。家族は声を出さないよう息を止めていた。

風呂敷を鞍馬天狗の頭巾のように結んでもらい気分はサムライ、おもちゃの刀で円月殺法を決めてから「切り捨て御免」と、台所の母を斬り、「ただいま~」と帰ってきたお兄ちゃんをエイッ!と斬り、お隣のK さん宅に討ち入り、父とお茶を飲んでいたお隣のお婆ちゃんを斬ったところで母が走りこんできた。

「おとうさん、電話、長距離!早く!」
と、記憶の中の断片映像だけが重なる。

昔は長距離電話って電話交換手が「長距離です」と伝えていたのかなぁ。


今になっても地方の友人と話すときは、黒柳徹子口調になってしまう。


         十二月になると一日一日に時を刻む音が聞こえる   山本周五郎
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by w-scarecrow | 2014-12-17 19:02 | my back pages | Comments(0)

おっかさん

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                                母のうたを つづるときの
                               よろこびと かなしみ
                               母のうたを うたうときの
                               さみしさと うれしさ

                                                   サトウハチロー


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                                大好きなバス すぎ丸



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         小学4年生のときの作文と三菱の色えんぴつが出てきた。 好きな色は丸~く短くなっている。


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                   『 親子で話そう 家族のきづな 』 というテーマで書かれた三行詩。

                            ” 「頑張って」 その言葉は口にせず
                              そっと置かれたおにぎりに
                              伝わる母の温かさ ”     (中3)


                             " いつも口うるさいお母さん
                              だけど内緒で数えたら
                              優しい方が多かった ” (小6)

                          
                             ” ホタルを見つけたよ
                              仮設を探して来たのかな?
                              ありがとう おじいちゃん ”  (小5)



明日は母の日。 地方によって呼び方の違いがあるが ” おかあさん " という呼び方は明治時代後半になって普及をしたらしい。
それ以前の東京(江戸)の士族階級は ” おかかさま ” 、下町に住む町人たちは ” おっかさん ” と呼んでいた。

私のおっかさんに、去年はヒートテックの長袖クルーネックをプレゼントした。 「お医者さんへ行くときに着ていくから・・・」と言っていたが一度も着て外出したようにはみえない。
「部屋着にでもすればいいのに・・・」と言っているが、大事にしまってあるみたいだ。

月曜日から姉夫婦の住む郊外の街へ何日かの泊りがけで、庭に咲く見事な?バラを観にゆくと楽しそうに言っていた。
孫や曾孫たちにも会える。
きっと前日には着替えも保険証もお煎餅も小さな旅行用のバックに詰めていることと想う。

昨夜、同世代の女性と呑んでいて「年をとったら笠智衆みたくなりたい」と言ったら、「えっ、留ちじょうへ行きたい?!」と訊き返された。 
やだやだ。
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by w-scarecrow | 2013-05-11 16:17 | my back pages | Comments(6)

ハンブルグ・ステーキ ♬

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路地を歩いていて、どこかの家から魚を焼く匂いがする、煮物の醤油の詰めた匂い、カレーの香ばしい香りがすると、陽が落ちる頃、遊び疲れて家路についた幼い頃の夕焼け空が目蓋に浮かぶ。

人のこころを温めるとき、いつも微かに優しい匂いが漂っている。 

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匂いに呼び覚まされる記憶は誰にでもある。
小学1,2年生くらいのとき、父と秋葉原へ電化製品を買いに行く途中、神田明神で掌を合わせ、湯島天神の男坂の階段を一気に駆け上がり、ハアハアしながら、どこかのトンカツ屋さんに入った。
そこで生まれて初めてハンバーグ・ステーキを食べた。 トンカツ屋のハンバーグ。 父との食の思い出。

それも銀紙をそっと開けると今まで嗅いだことのない、洋風なソースの匂いの中にハンバーグが見えてきた。
世の中にこんな美味しい食べ物があるんだ!

今でも " つばめグリル " のアルミホイルに包まれたハンブルグ・ステーキが大好きだ。 開けるときのワクワク感。 雑誌の袋とじとは違う。
ハンバーグは銀紙の中に入っていてほしい。

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肉屋さんで揚げたてのコロッケを3個買い、ウスターソースを少しかけ、ビールを呑みながらこの記事を書いている。
こんなにベストマッチな酒の友はない。 いいな~こんな早春の夜のひととき。
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by w-scarecrow | 2013-03-15 20:19 | my back pages | Comments(6)

匂いガラス

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駒場にある東京大学生産技術研究所(駒場リサーチキャンパス)内を歩き、かじかんだ手でシャッターを押した。
以前は東大宇宙航空研究所と呼ばれていて、終戦前までは航空研究所、海軍のゼロ戦の開発、実験もこの場所で行われていたらしい。

ゼロ戦というと皆、少年時代の心弾ませた頃に戻ってしまう。
と言ってもプラモデルの世界。
この場所で風力実験・・・かぁ。

唐十郎の短編集に 『 匂いガラス 』 というのがあった。

祖父と少女との貧しい暮らし。 その少女の宝物だった擦ると甘い林檎の匂いがするガラス片。
タイから出稼ぎに来て風俗店に勤める女、彼女の思い出のなかにも同じ甘い匂いがするガラス片があった。

旧日本軍の基地があった場所では同じようなガラス片が転がっていたという。

ゼロ戦の風防ガラスの破片だったことを知る。
実際、ガラスよりも粘り気があるアクリルのようなものだったらしい。
そんな匂いガラスを巡っての男と女の面白い短編だった。


歩きながらガラスを探したが、そんなロマンのある欠片はなかった。



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バラの花を小説に挟み込む。
押し花となったバラは何年たっても、美しい記憶のように香りを放つ。
映画 『 八月の鯨 』 を観ることは、心のひだにバラを挟み込むようなこと、と淀川長治さんは評していた。

なんて素敵な表現なんだろう。 言葉の貯金箱に入れておきたい。


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『 八月の鯨 』 はニュープリントで今、岩波ホールで再上映されている。

先月亡くなった総支配人・高野悦子さんが商業ベースに乗りにくい名作を、東欧やアジア、南米など当時、全く目にすることができなかった名作の数々を紹介してくれた。

ギリシャ映画 『 旅芸人の記録 』 、ブルガリア映画 『 密告の砦 』 、中国映画 『 芙蓉鎮 』 、そして 『 八月の鯨 』 等々、どれだけこの映画館から力をもらったかわからない。
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by w-scarecrow | 2013-03-04 20:58 | my back pages | Comments(0)

五年目へ ♪

金木犀の甘い香りを浴びながら駅へと向かう道、いつの日からか空気はひんやりと、家々から放たれる生活の匂いだけになってきた。

老母が白金台へと上る銀杏並木で2日つづけてギンナン拾いをしてきたと言っていた。 
3日間、天日にさらし太陽のエネルギーをいっぱい蓄えたギンナン。 「食べ過ぎないように!お袋」。

明日から11月に暦が変わる。 BLOG を始めて5年目に入る。
1年つづけば充分と思っていた。 5年後はどうしているんだろう?

BLOG を始めるにあたってカメラを買って、久しぶに触れるカメラのシャッター音を楽しみながら街へ出るようになった。
いまだ使い方がよく解らないが、この4年間で撮った写真のなかで自分の好きな画を2枚紹介します。


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2010/5 の Blog に載せた写真。 新宿東口と西口を結ぶ通路脇で佇むお父さんと娘さん、2人でのお買い物、少しばかりの休憩。


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2010/6 の Blog, 東京農大の”食と農の博物館” の一コマ。
東農大醸造科出身者が造る酒が壁一面に展示されていた。


カメラを持ち街を歩く、今まで見逃していた点や面が発見でき、季節の移ろいを肌で感じる楽しさが少しづつ解ってきたような気がします。
酔っ払い BLOG これからもよろしくお願いします。 毎回のことですが夜遅く書いた comment の返事は殆ど翌朝に書き直しています。
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by w-scarecrow | 2012-10-31 13:37 | my back pages | Comments(20)

Bridge over Troubled Water

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アメリカの小説 "ライ麦畑でつかまえて" の主人公のホールデンみたく、違う場所で生きたい思った。

大好きな父母、目いっぱいの想いを注いでくれていた。 3人の優しい兄たち、中学へ入ったら母親代わりの姉が嫁いでいった。
家出をする理由なんか少しもない・・・でも、このままではいけないと。

調布リトルに入ってプロ野球選手になりたかったが、そんな夢も儚く、日曜の早朝は父と一緒に TV の時事放談を見ていた。

TV ではベトナム戦争が泥沼化されている映像が映し出されている。 沢田教一という従軍カメラマンが撮った河を渡る老婆と娘の写真に心動かされた。

ボクもカメラマンになって戦地に行こうと決めた。 UPIやBBC に入社しよう。

初めて塾に行こうと思い、父母に内緒で代々木ゼミの冬季講習のパンフレットをもらいに行った。
その帰り、渋谷駅に着いて246沿いは大勢の機動隊と学生たちがぶつかりあっていた。

真っ直ぐ家に帰りたくなく、心の震えを抑えようとハチ公前の信号を渡るとき、街頭スピーカーからサイモン&ガーファンクルの ♪ 明日にかける橋 ♪ が高々と流れていた。

When you're weary felling small
When tears are in your eyes, I will dry them all.


信号待ちの横で帽子を被った素の渥美清さんがいた。 スタスタと速足に歩く渥美さんの姿がずっと心に残っていた。

今、ハチ公の交差点をそんな憧憬も忘れ歩いている。ヘッドホーンからは柴田淳の 缶ビール ♪(youtubeへ)が流れている。
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by w-scarecrow | 2012-08-30 00:44 | my back pages | Comments(8)

雨に泣いてる・・・

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横浜元町から麦田トンネルを抜けると、そこはアメリカだった。
本牧にあった米軍居留地エリア1、エリア2。
きれいに刈られた芝生にカラフルなアメリカンハウス。 フェンスの向こうのアメリカ。

本牧埠頭の手前の小港界隈にはアメリカの田舎町を想わせるようなネオンチューブのBar が並んでいた。
プールバーの走りだというトロピカルな雰囲気の『アロハカフェ』、映画の撮影で二日間、閉店から開店までの時間を使わせてもらった。
根津甚八さんの履いていた私物のコンバースのハイカットの色が市販のクリーム色ではなく、薄くブルーがかったライトグレーに近い色で恰好よかった。
「新品のジーンズを買ってきたときに、コンバースと一緒に水に浸けておくとこんな色になるんだよ」と根津さんが教えてくれた。
もちろん私も根津さんと同じ色合いのコンバースを履くことにした。

エリア1の近くにステーキハウスがあった。 値段の表記はドル。 訊いてみると円でもOK 。
New York Cut Steak と T-Bone Steak, 響きの良さからN.Y.Cut 。
こんなに大きくて旨いステーキを食べたのは初めて。 それからも何度かこのフェンス横の店に通った。

横浜・山下町で中国、台湾を味わい、山手でヨーロッパを感じ、本牧でアメリカに浸った。

カラオケに行って、始めに歌うのは柳ジョージ & レイニーウッドの 青い瞳のステラ、1962 夏
横浜で生まれ育ち、フェンスの向こうのアメリカに憧れ、反目した彼らの時代。 

私たちの時代は、坂道をゆっくりと下っていく大国アメリカの姿を目の当たりにしてきた。
強いアメリカではなく、悩めるアメリカ、そんな混迷した時代の中でも底力があったアメリカン・カルチャー。

東京は朝から強い風に散らされた雨が降っている。
柳ジョージがロンドンで見た、雨に濡れた美しい樹々、その強い印象からレイニーウッドと名付けたらしい。
素敵な曲の数々をありがとうございました! weeping in the rain.
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by w-scarecrow | 2011-10-15 10:23 | my back pages | Comments(8)