winter's scarecrow

この道

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                   この道は いつか来た道
                   ああ そうだよ

                   あの丘は いつか見た丘
                   ああ そうだよ
                   ほら 白い時計台だよ

                   この道は いつか来た道
                   ああ そうだよ
                   お母さまと馬車で行ったよ

                   あの雲も いつか見た雲
                   ああ そうだよ
                   山査子(さんざし)の枝も垂れている


                               『 この道 』 北原白秋


北原白秋の育った里、福岡県柳川。
まちの中を縦横に流れる掘割、枝垂柳の緑が川面に映え、赤煉瓦の並倉と白なまこ壁が連なる町。

運河の町、水の都に想いを寄せる。
千葉や茨城の水郷の町、江戸から明治になっても東京は運河が網の目のようにはり物流の主流が水運であった時代、そんな運河の人の営みの画を想像してみる。

タイムスリップをしてどの時代のどこにでも漂着してもいいといったら、1867年12月10日京都、近江屋へという人が多いかもしれない。

坂本龍馬と中岡慎太郎が逗留している近江屋、龍馬に軍鶏鍋を頼まれた小僧が、夜道をゆく。
「小僧、待ってくれ。今すぐに逃げろと坂本さんに伝えてくれ!」と
タイムスリップをして待った!をかけたいが、歴史を変えることはできないので真犯人は誰かを確認するだけだ。

1960年代の浅草の街にもタイムスリップしてみたい。
ストリップ劇場の浅草フランス座、無名時代の作家井上ひさしが照明係や雑用をやりながら幕間のコントの台本を書いていた。
そこへ助手としてタイムスリップ、渥美清、関敬六、八波むと志、南利明、東八郎、そうそうたる浅草芸人たちや作家の粋で濃い世界を身近で味わってみたい。後に入ってくる北野武を顎で使ってみたりして。

ブログを書く前にラジオから手嶌葵の歌う白秋の ♪ この道 ♪ が流れてきた。

それを聴いていたら、歌詞とは違って海辺へつづく画が浮かんできた。

明けても暮れても、一歩70cm の歩幅を崩さず日本の海岸線を歩きつづけた伊能忠敬。
52歳で天文学を学び始め、56歳で測量機を持って蝦夷地へ。
それから亡くなるまでの17年間、海岸線を歩きつづける。

どんな人生だったんだろう? なにを描いていったんだろう? 
そんな伊能さんの部隊にタイムスリップして加わりたい。 一歩70cm はきつい。
                   
by w-scarecrow | 2016-03-07 20:43 | そのほか | Comments(2)
Commented by mother-of-pearl at 2016-03-07 22:37
一歩70㎝は驚きです!

『この道』よく歌いました。特に『お母さま』という歌詞になると、実生活からかけ離れた響きに照れたものです♪

♪おかあさ~ま~と~
なのか
♪おかあさまと~~~
なのか、ずっと迷ってもいました。

20年前のヒューストンのある交差点にタイムスリップしたい!

きっと人各々に戻りたい時代があるのでしょうね。
Commented by w-scarecrow at 2016-03-08 21:44 x
mother -of-pearl さん、こんばんは。
FM から聞こえた手嶌葵の歌う ” この道 " にグッときました。
白秋のお母さんが県境を越えた熊本の出で柳川から薩摩街道への道が白秋の「この道」。
実際の歌詞は初めて行った北海道の景色に魅せられ柳川と重ね合わせたみたいです。
m-o-pさんの古里の「この道」はどんな色をしていました?
そんな自分だけの情景を持っているって羨ましいです。