winter's scarecrow

いざ横浜

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先週、年に数回の食糧の買い出しに横浜中華街へ。


” 北京飯店 ” の大きな五目饅、” 同發 ” のさっぱり味の肉まん、” 四五六菜館 ” の胡麻饅(あんまん)、池波正太郎が愛した” 清風楼 ” のシュウマイ、” 頂好 ” で台湾ちまき、その他、中華の調味料をリュックにいっぱい積めこんで帰ってきた。

横浜ベイスターズファンはクレイジーケンバンド、サザン、柳ジョージ、中華街、元町どれも親戚のような目で見ている。


幕末の頃には外国人居留地に中国人の仲買人や貿易商が住んでいたという、日清戦争で多くの華僑の人々が帰国し、日中戦争(昭和12年)のときも多くの店が閉じられたみたいだ。

戦後の日中国交正常化以降、料理店げ急増し唐人町、南京町の呼び名から横浜中華街へと変貌していったみたいだ。







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平日の横浜中華街、修学旅行の高校生が大挙していた。 パンダの絵柄の肉まんの店に女子高生が列を作っていた。


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苦手な女子の団体を横目に関帝廟横の広東料理店・獅門酒楼でカニ玉のランチ。 酢豚を食べたかったが中国の本場の料理人が作った酢豚はどれもが砂糖の甘さが強く、一度も旨い!と思ったことがない。

「冷やし中華始めました」と貼り紙のある、町の中華屋さんの栃木弁が抜けないオヤジさんが作ったニッポンの酢豚が一番口に合う。
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by w-scarecrow | 2014-06-11 22:47 | 散歩 | Comments(0)