なんとなく過ぎてゆく日々
ふとん 池井昌樹
新婚当初
妻が寝入ると
つないだ手をこっそりほどき
ぼくはじぶんのふとんでねむった
じぶんのふとんを抱いてねむった
妻のてよりも その胸よりも
やわらかく またむしあつく
ふとんは とおいだれかににていた
だれかに抱かれてねむっていると
くらいほしや
くらいつきや
くらい よるのうみがみえた
くらい いのりのうたがきこえた
いまでは妻の手をにぎり
いまではつなぎあった手を
ほどくことなくねむってしまうと
くらいほしも
くらいつきも
くらい よるのうみもみえない
やさしくくらい いのりのうたを
うたってくれたあのひとが
だれだったのか
どこへ失せたのか
抜け殻か またなきがらめいた
ふとんは かたえにおしやられ
あれから十年
腕のなかから
かすかに寝息のつたわってくる
おまえを抱いて眠っていると
雨後の のはらへでてきたような
しらない匂いでいっぱいなのだ
いま みひらかれためのような
しらない虹の匂いがするのだ
(やっとおまえに)
(であえたんだな)
ひとりぼっちの
ふたりきりよ
『晴夜』1997 思潮社刊
明日から師走に入る、毎年のように過ぎた日々への反省の月。
絵本作家・五味太郎さんの著書 『ここまできて それなりにわかったこと』 のなかに
「なんとなく過ぎてゆく日々というやつは、宇宙的に美しく、貴重だということ」 との一文がある。
一安心。
by w-scarecrow
| 2013-11-30 13:49
| 本