winter's scarecrow

永遠に・・・

このBlogをいつも読んでくれていた80代半ばの女性が今朝、永遠の人となられた。
早朝、娘さんから「ありがとうございました」と連絡があった。
おばあさんが電話をかけてこられるときは、若い娘のような可愛らしい声でいつも笑っていた。
娘時代の色褪せた画が、話しているうちに少しづつくっきりと色付いてきましたよね。
こちらこそ、いっぱいありがとうございました。 どうぞ想い出多き霧島の山々の天空から見守っていてくださいね。


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わたしが一番きれいだったとき
                      茨木のり子

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように 

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by w-scarecrow | 2011-09-14 23:32 | そのほか | Comments(2)
Commented by 花子 at 2011-09-18 07:59 x
私もこの詩好きです。母に重なります。
母も20歳で終戦を迎えました。一番綺麗なときに祖父を亡くし
長女の母は家族を連れて満州から帰ってきました。
だから長生きして、たくさんの楽しい思い出で心を埋め尽くしてほしいと思っています。
80代は言われなくても元気ですけどね。
Commented by w- scarecrow at 2011-09-19 11:21 x
花子さん、大正の終わりに生まれたお母さんの世代、着飾ることや
化粧をするそんな時代ではなかったのでしょうね。
でもそんな時代でも、端々に乙女の心遣いはあったのでしょうね。
うちの母も何が欲しい、何が食べたいというのがなくなってきているので、どんな惣菜を作るか買っていくかいつも悩みます。
ほんとたくさんのいい想い出を作ってほしいですね。