winter's scarecrow

転校生

e0158857_23313973.jpg

都庁の中庭から新宿中央公園の桜が見える。
元々は巨大な淀橋上水場があり、西口再開発で20~30年のスパンで今のようなビル群が出来上がったところ。

1960~70年代の東京の街の変貌は、ひらがなからカタカナに一気に変わっていった。
私の通った小学校は大使館が周りに多かったせいか、アメリカ人、チェコ人、台湾人の生徒が通っていた。
少年野球チームの4番打者もジミーというアメリカ人。

そんな中、雪国からのたくさんの出稼ぎの人々が道路やビルの建設現場で働くためにやってきた。
うちのそばに引っ越してきた一級下のM君、岩手から家族でやってきた。
お母さんがいた記憶はない。

方言やアクセントの違いがあるので、引っ込み思案になり殆ど言葉を発しない。
戦争ごっこや探検ごっこやローラースケート、いつも引き連れ遊びまわっているうちに少しづつ話すようになってきた。
ドイツ軍役のジミーとトーマスの兄弟とも、東北地方のアクセントでちゃんと喋っていた。

運動会の日、料理が苦手な母が「お昼はM君もS君(共稼ぎ家庭)のお弁当も作ってあるからね」と言っていた。 すげえ~っ。
校庭でゴザを敷いて家族ごとの昼食、MもS君も俯きながら醤油色ばかりのおかずのお弁当を食べていた。

映画「転校生」のラストシーンみたいな涙のある別れはなかった。
ある日、突然M君一家は引っ越していた。 まだ転校してきて一年も経っていなかった。
また家族で次の建設現場に移ったんだろうか。 別れの予感も言葉も全くなかった。
それから、何年間もM君の父親から秋になると新米がわが家に送られてきた。

つくば市が福島からの被災者に対して放射線検査証明書を求めた。 人としての尊厳、それまで奪おうというのか。
by w-scarecrow | 2011-04-20 08:18 | そのほか | Comments(4)
Commented by ヒサノ at 2011-04-21 17:21 x
人が他人を拒絶する話を聞くと悲しくて泣きたくなります。
人が人を受け入れる話を聞くと嬉しくてまた泣きそうになります。

スケアクロウさんのお母様素敵ですね

ずいぶん昔、仕事と家を失った父の友人一家が数ヶ月、私の家で暮らしたことがありました。母は何も言わずに明るく皆のお世話をしていました


お友達一家はその後仕事も家も見つかって、無事に暮らしているようで、毎年季節の変わり目には素敵な果物を贈ってくれます

厳しく苦手な母ですが、そういうところだけは真似したいと思います


たまたまそのとき恵まれている人が、たまたま困っている人のお世話をする
スケアクロウさんのお母様や、家の母のように昔の人はそれが自然にできました

私たち皆見習いたいですね
Commented by w- scarecrow at 2011-04-21 20:36 x
ヒサノさんの言われるように、ご両親の時代の人たちは
自然な振る舞いなのかもしれませんね。
痛みを共有できる力強さとしなやかさがあるのかと思います。
小さい頃は家族の他に知らない人が食卓を囲んでいました。父が近所の飲み屋で意気投合した人や兄貴の友だちや新聞代の集金にきた苦学生など、それが子供ながら楽しかったかもしれません。
Always/三丁目の夕日の新作、早く観たいですね。
Commented by ヒサノ at 2011-04-21 22:21 x
家族以外の人が普段の食卓にいるとワクワクするんですよね
今だにワクワクします

本当、早く観たいですね
Commented by w- scarecrow at 2011-04-22 08:10 x
ヒサノさん、always/三丁目の夕日'64はすでにクランク
アップされていて来年公開されるみたいですね。