winter's scarecrow

白線流し

どのくらい前のことだっただろう・・・この時期の学生街は大きなバックを持った受験生が不安げな様子で地図を見ながら、大学の場所を確認している姿をよく見かけた。
おさげの髪にダッフルコートを着てチェックのマフラーを巻いている女の子が多かった。 少し赤みを帯びたほっぺから白い息を手に吹きかけていた。

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サザンオールスターズの曲のなかでも♪ 希望の轍 ♪が好きだ。 この曲を聴くと飛騨川に沿って走る高山本線の雪景色がすぐに想い浮かんでくる。

三つ編みにダッフルコートがよく似合っていた子が10年後、飛騨の街のホテルのレストランでベーカリーを任され働いていた。
名古屋での仕事が終わり、そのまま高山本線に乗った。
久しぶりの再会、変わらぬ笑顔。 髪を後ろで結びいっぱしの職人の顔になっていたが、清々しい彼女の空気感はそのままだった。

今から19年前にフジテレビのドキュメンタリーで岐阜県立斐太高校の3年生の一年間を追った番組があった。
進学、就職への旅立ちに向けての彼らの悲喜こもごもが伝わってきた。
そして卒業式後の大正時代からつづく伝統行事の『白線流し』、学帽の白い紐と女子のセーラーのスカーフを一本に結び合わせ、雪の舞う大八賀川へ流す。
なんて素敵な行事なんだろうと思った。
彼らのうちの多くは都会の大学や会社へと故郷をあとにし、高山本線に乗る。
サザンの♪ 希望の轍 ♪が流れていた。 「夢を乗せて走る車道 明日への旅 通り過ぎる街の色 思い出の日々・・・」

その後、舞台を長野県松本へ移して、長瀬智也と酒井美紀共演のドラマ『白線流し』としてフジテレビで放映されていた。

ドラマのなかで受験生の酒井美紀はダッフルコートを着ていた。
バブルが弾けた後のあの時代の♪ 希望の轍 ♪だったような気がする。 
あまり見ることはなくなったが、おさげの髪にダッフルコートを着た女の子とすれ違うと想わず振り返ってしまう。
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by w-scarecrow | 2011-01-28 20:14 | my back pages | Comments(18)
Commented by yundes at 2011-01-28 23:59
いつも思うのですが、w-scarecrowさんの文章はまるで風景が
見えるようで引き込まれてしまいます。
この時期ならではの景色や人間模様、空気感が伝わります。
故郷を旅立つ感情は私の場合、体験することなくこの年齢になったのですが
18才ぐらいの年齢で故郷をあとにする気持ちは不安と希望と寂しさが入り混じった感じなのでしょうか。
私もサザンの「希望の轍」好きな曲です!
Commented by OKO at 2011-01-29 08:14 x
おはようございます。
先日の上京、駆け足で用事を済まし
帰りは夜行バスに乗りました。
そういえば、ダッフルコ-トに近い女の子たちが
多かったような。。。
旅たちの近い季節ですね!!

Commented by Kirara at 2011-01-29 15:06 x
そういえばダッフルコート最近余り見かけなくなりましたね。。。
Pコートやダウンを着ているのかな。。。若者達。
なんだか急に 飛騨高山に行ってみたくなりました。
雪景色を見ながら高山本線で往復 日帰りで行けますね。
我が家からも・・・。
高山ラーメンも食べたくなってきた~~!!!
Commented by w- scarecrow at 2011-01-29 21:19 x
yundesさん、文章が丁寧でなく受け取る側のことを考えていない投げっぱなしの文体になってしまうんです。
でもイメージだけでも受け止めてもらえれば嬉しいです。
僕も海外で暮らしていたことがありますが、東京以外で暮らしたことはありません。
学生時代に狭いアパートの一室に暮らしていた友だちの部屋にポツンと置いてあった、静岡ミカンや十勝男爵の段ボール箱を見て、故郷のお母さんがいっぱい想いを詰めて送ってくれたんだなと色んな想いが巡りました。
♪希望の轍♪歌うのには難しいんですよね。
Commented by w- scarecrow at 2011-01-29 21:30 x
okoさん、ほんとちょこっとだけの滞在だったんですね。
もう1泊くらいできれば青春の想い出の浄真寺だとか、色々な所を廻れたのに、なんか勿体ないです。
okoさんの頃は皆、厚手のオーバーを着ていたと想うのですが、僕らの頃はやはりダッフルがピーコートでした。
女の子が着ると清楚な感じがして可愛かったです。
旅立ちの季節です・・。
Commented by w- scarecrow at 2011-01-29 21:37 x
kiraraさん、女の子たちはピーコートが多いですよね。
ダッフルでもフードが付いてなかったり、丈が短いのだったり。
kiraraさんちからは、ふと思い立って奈良や京都、伊勢・志摩、美濃、木曽、飛騨、結構何処へでも気軽に行けそうで羨ましいな~。
下呂温泉の外れにある間瀬温泉がすごくいいお湯でしたよ。
高山のラーメン、牛さん食べたいですね。
Commented by 花子 at 2011-01-30 22:48 x
ダッフルコートってやっぱりミニスカートですよね。
今なら寒いからやめて~と思うけど、学生時代は寒さなんか感じませんでした。
白線流しなんていう優美な思い出はなく、女子高の卒業式はさぱりしたものでした。
もっと思い出に残る卒業式にすればよかったと、今は思いますね。
Commented by w- scarecrow at 2011-01-30 23:07 x
花子さん、僕らの頃はややミニだったと想います。
ソックスはハイソックス。
少し後になりますが、clarksのワラビーの靴を女の子が履くと可愛らしかったです。
僕も男子校だったので味気なかったです。
未だに共学へ行かなかったことを後悔しています。
「白線流し」みたくドラマチックな儀式をしたかったです。
Commented by nob at 2011-02-01 14:21 x
そういえば、ダッフルコートは今も着てま~す。
今度、おさげ髪にして歩いてみよう(笑)

私の場合、高校までは共学でしたが、あまりロマンチックな雰囲気はなかったですね。
どうしても友達として見てしまいがちなんです。
付き合う相手は、男女それぞれ学外に求めていたような(笑)
Commented by w- scarecrow at 2011-02-01 22:47 x
nobさん、共学に通っていた人はそう思うかもしれませんね。
でも男子校だと「w先輩、第二ボタンをください!」という艶っぽい場面がゼロなので悲しかったです。
nobさん、ダッフル着てください!でもマディソン・バッグやコートの下にボートハウスのトレーナーを着ないでくださいね。
Commented by 至福の月 at 2011-02-09 09:43 x
毎年、3月1日の夜になると「ドキュメンタリー白線ながし」を見ています。子供たちを取り巻く環境が激変してることに年々驚きを憶えます。と同時に高校3年という世代はそんなに変わってないのかも?という気にもなります。
ドキュメンタリーは斉藤由貴さんのナレーターが秀逸でしたね。
Commented by w- scarecrow at 2011-02-09 19:49 x
至福の月さん、いいドキュメンタリーでしたよね。いまだにはっきりと憶えています。
名古屋へ仕事へ行った時、担当者があの番組の斐太高校の生徒たちと同学年だった人でした。
NHKの「ターシャ・テュダー」のシリーズも斉藤由貴のナレーションでした。上手いですよね。
子供たちの環境はかなり変化していると想います。
人はそうそう変わらないですよね。多分僕たちが18歳のときと同じ葛藤のなかで生きているような気がします。
Commented by sakura-rika at 2011-03-02 21:07
遅くにレスごめんなさい。
希望の轍、私も大好きです。
故郷を去るとき、電車に乗って通り過ぎる町並みを見ながらコレを聞いていました(*´ェ`*)

白線を流して何年も経ちますが、
あの頃の仲間とは本当に素敵な友情で結ばれています☆
Commented by w- scarecrow at 2011-03-02 23:13 x
sakura-rikaさん、コメントすごく嬉しかったです。
この記事で高山本線に乗って訪ねた地は萩原です。
飛騨川ではなく益田川と書きたかったのですが・・禅昌寺、jazzが流れていた素敵な喫茶店、間瀬のお湯の素晴らしさ、その時、訪ねた人は冬場以外は今も萩原でパンを焼いています。
希望の轍、ほんと雪の高山本線とオーバーラップしてしまいます。
またコメントください。素敵なBLOG見せてもらいました。
Commented at 2011-03-03 21:30
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by w- scarecrow at 2011-03-07 00:11 x
鍵コメさん、今、commentにきづきました。
全くその通りです。
彼女のBlogも見ていますよ。
Commented by うつわ好き at 2011-03-08 13:33 x
先ほど過去記事にコメントしたものです。
斐太高校は私の母校で、卒業式で白線流しをしました。
毎年はしゃぐ男子がいたりして、そんなに感慨深くもないのですが、卒業してからは田舎の共学の良き高校時代を過ごせたことが懐かしくおもいだされます。
希望の轍も大好きです。
Commented by w- scarecrow at 2011-03-09 09:42 x
うつわ好きさん、実際に体験された方との繋がりが嬉しく感じます。
斐高の旧制中学時代からのバンカラ、応援歌のような寮歌のような雄々しい行事。
感動します。
この町を離れていく仲間たちの「別離の歌」。
みんな故郷を離れていても、この時期になるとあの時の情景が甦るのでしょうね。
また、遊びにきてください。